里芋
「 。」
幸村は何と言われたのかが聞き取れず、はい?と正面に座る彼の顔を見た。口の中の里芋の煮付けのせいで、もごもごと口が動いている。幸村は慌てて里芋を飲み込んで、
「何かおっしゃいましたか?」
と小首を傾げた。向かい合う彼は何も言わず、一旦止めていた食事を再開させた。幸村も、しばらく彼が喋りだすのを待っていたが、きっと空耳だったのだろうと思い、汁物が入っている碗を片手に、吸い物を啜った。
膳を横に避ける、畳が擦れる音に、幸村は再び視線を彼へと向けた。もう食事が終わったのだろうかとも思ったが、膳の上の器には、まだたくさんのおかずが湯気をたてていた。ああもったいないな、と幸村などは思った。
そんなことを思っていた幸村を尻目に、目の前の彼は幸村との距離を詰め、幸村の膳も脇に避けてしまった。幸村の手には行き場を失った茶碗と箸が握られている。
「あの、私はまだ、」
食事を終えていないのですが…?最後まで言わせなかった。彼が突然に幸村へと覆い被さってきたからだ。回避することもできなかった。押し倒される形で、幸村は畳に転がり、その上に彼がのしかかってきた。
やめてください。既に声にならなかった。彼が突然に口を吸ってきたからだ。幸村はどこに視線を定めていいのか分からず、ふらふらと目を彷徨わせた。ある一点を見つけた幸村は、呼吸が少し上擦ってしまった。幸村の手から離れてしまった茶碗と、その中に乗せた里芋の煮付けが、無残にも畳に投げ出されていたからだ。
(ああもったいない。
今日のご飯は新米だったのに。あの里芋の煮付けなど、絶妙な味付けだったのに。)
幸村は鍛錬を終えたばかりで腹を空かせていたのだ。
口内で暴れる彼の舌が、幸村の口の中に僅かに残っていた里芋の欠片を見つけ出した。幸村は持っていかないで、と言うことが出来ない代わりに、追いかけるようにその舌を啜った。幸村の利き手には、未練がましく、箸がしっかりと握られていたのだった。
***
里芋の煮付けっておいしいですよね!(関係ない)
相手はどうぞご自由に。
なんだか、食い意地のはってるだけの、可愛くない子になっちゃいました。
幸村はこういうことに対しての危機感が薄いだろうなっていう妄想。
06/12/15