兵が退いて行く。幸村は最後の力を振り絞って、槍を杖にして立っていたが、周りには負傷した味方の兵ばかりになりほっとしたのだろう、踏ん張っていた足の力が抜け、ずるずるとその場にへたり込んでしまった。周りには誰も彼も傷をし、泥や血で汚れていたが、明るい顔をしていた。戦に勝ったのだ。あれだけの劣勢を巻き返し、徳川の兵を退かせたのだ。
幸村は息を大きく吸い込んだが、たくさんのにおいに圧倒され、咳き込んでしまった。肺が痛むと思えば、そう言えばずっと走り続けていたような気がする、とふと思った。上田から馬で駆け、戦場では常に敵に向かい。今やっと、足を止めたような気がした。
力尽きたのは周りの兵達も同じようで、退いていく徳川を追う者も少ない。幸村と同じように地面に座り込んで、互いの無事を笑いながら確認している。たくさんの温かな騒音が辺りを包んでいた。
「ゆきむらッ!」
騒音の中である。本来ならば埋もれてしまうだろうに、幸村は何故だかその声を拾うことができた。背後から聞こえた声に、幸村は首だけを向けた。
「三成殿。ご無事のようで何よりです。」
力なく笑った。本当に、全ての力を使い切ってしまったような、けれどもその疲労が何とも心地よかった。三成は転げ落ちるように馬から飛び降り、彼も力を使い切ってしまったのか、よろよろと幸村に駆け寄ってきた。足がもつれたのか、幸村の目の前で体勢が崩れる。あっと幸村が手を伸ばすのと同じく、三成も幸村に向かって倒れこんできた。三成は幸村を強く抱き締めた。彼の身体は震えていて、幸村も目頭が熱くなった。ああ、勝ってよかった、ここに駆けつけてよかった、このお人が生きていてよかった。幸村は笑った。それが三成にも伝わったのだろう、鼻声のまま笑うな!と小さな声で怒鳴った。耳元で彼の嗚咽がする。ああ泣いていらっしゃるのか。
「ないてなど、おらんぞ!」
三成は途切れ途切れにそう言ったが、鼻をすすっている音までもが幸村には筒抜けだった。はい、はい、と幸村はただ頷いて三成の嗚咽を聞いているが、それだけで自分まで泣き出しそうになった。
「おまえがかけつけたと聞いて、俺はほんとうにうれしかったのだ。」
「はい。」
「しかしてきのなかを突っ込んでいったと聞き、ほんとうにしんぱいしたのだ。」
「はい。」
「、ゆきむら。」
「はい。」
「ぶじで、ほんとうによかった。」
はい。幸村は何度もそう繰り返し、三成の波が治まるまで抱き合っていたのだった。
「おやおや、殿も大胆になったもので。」
「左近殿、休んでいなくてよろしいのですか?」
まあそうなんですがね。銃弾を食らった左近は、慶次に支えられながら関ヶ原の中央まで出張っていた。隣りには慶次と兼続が、疲労を色濃く映している顔で、それでもどこか清々しい表情で二人を眺めている。
「殿がいない本陣でやれることはないですからな。」
「兼続殿、慶次殿まで。これでは本陣の意味がありませんよ。」
まったくもってその通りだ!慶次が豪快に笑う。あまりにアクションが大きかったのか、支えられている左近の身体がぐらりと揺れて、咄嗟に兼続も手を伸ばす羽目になってしまった。
「それにしても、よく真田の援軍が間に合ったものだな。」
「それを言うなら上杉の方こそ。」
兼続は笑いながら、私が引き連れた兵は援軍とは呼べまいよ、と慶次を振り返った。
「天下に名高き上杉の援軍が、まさか三千に満たないとはな。謙信公が生きていらしたら、なんとまあお嘆きになることか!」
長谷堂で一戦を交えていた最中、我慢が出来ずに撤退命令を出したのは兼続であった。上杉主要の兵はほとんどを城に残してきてしまった。流石に美濃まで追ってくる程、奥州の敵勢力の兵糧は有り余ってはいなかったようだ。景勝も兼続らしくないと苦笑していたが、怒ってはいなかったと兼続は知っている。上杉家の為ばかり働いてきた兼続が、私情で援軍に参ろうとしているその姿勢を嬉しく思っているようだった。
「ああ、疲れた。こんな強行軍は金輪際やめにしよう。中国大返しを成し遂げた亡き太閤様の胆力には、頭が下がるよ。」
兼続はそう言いながら、三成と幸村に駆け寄る。私だけを仲間外れにするなど、不義甚だしいぞ!と抱き合っている二人に抱き付いた。
「三成!泣いているのならば、大声をあげて泣き喚け!幸村!笑うのであれば、大口を開けて笑い転げろ!」
二人の耳元で、変わらぬ大音声のまま叫ぶものだから、二人してその声の大きさに辟易したものだが、兼続らしいと思った二人は何も言わなかった。
ああ、ほんとうに、
(いきていて、よかった。)
皆が皆、そう思ったのだった。
***
明るい話が書きたくなりまして。
上杉辺りは矛盾が多いですが、まあさらっと流してください。
01/02