幸村がこそりこそりと伊達の陣へと忍び込めば、政宗は一人手酌で酒を煽っているところであった。幸村が政宗殿、と呼べば、政宗も気付いたようで、片手にはまだ杯を持ちながら軽く手を上げた。
「遅いぞ幸村。待ちくたびれたわ。」
「誘ったのは私ですが、本当によろしかったのですか?」
幸村は言いながら、くすくすと笑った。ここは大坂である。大坂方の士気を削ぐ大砲の音が、遠く聞こえている。政宗は敵方の将をあろうことか無断で自軍へと招いているのだ。徳川にばれたら、減俸どころの話ではない。伊達謀反の烙印を押され、領地没収、切腹か、はたまた打ち首か。大坂にかり出された将は、徳川の目がある限り気が抜けないはずである。
幸村が言わんとしていることを、無論政宗も理解はしている。理解してはいるが、子どもがそのまま成長してしまったような政宗である。悪戯心というか、遊び心とでも言おうか。たとえ命を賭けることになろうとも、控えようとはしなかった。
「徳川に見放されて、大坂へと入ってくださればいいのに。」
幸村は差し出された杯に軽く頭を下げて受け取り、まずは一口つけた。
「わしは負ける方へはつかん。そういうおぬしこそ、さっさと豊臣など見限ってしまえ。徳川から誘いが来ておるのだろう、それとも、既に生きることに興味がないか。」
幸村は政宗の言葉には答えず、笑いながら更に酒を口にした。
「政宗殿は、真田の戦をどう思いますか?」
幸村は政宗を見ることなく、まるで夜空に問いかけているようであった。武田が滅び主家を失った真田は、それでも城だけは守り通した。
「私は、真田の戦法ほど醜い戦い方はないと思いますよ。卑怯であり、狡猾であり、何よりも人の醜さが浮き彫りになった戦法でございます。」
「その戦法でおぬしの父は天下にその名を轟かせたのであろう。誰もそのように感じてはおらぬわ。清廉な戦など、わしは聞いたことがないわ。血みどろの中戦うのじゃ、醜うならずしてどうする。」
「そうですよ、世は流石真田だと褒めそやしました。それがどうしてだか、あなたは分かりますか?」
依然、幸村の視線は空に向けられたままだ。無類の酒好きである彼が、酒を呑むのも忘れて空を眺めている。そこに何がある、何もないわ。それとも、何もないからこそ彼は空を見つめるのだろうか。
「父は勝ち続けたからこそ、その醜さを覆い隠すことができたのです。けれども私は一番近くでその醜さを見てきました。策を弄することは、それが優れたものであればあるほど、みにくいのです。」
「豊臣は負けるぞ。隠れ蓑が無くのうてしまうぞ。」
幸村はゆっくりと立ち上がった。政宗は引き止める手を持ちながら、その手を伸ばして徳利を掴んだ。はなから幸村の生き様に口出しをするような野暮ではない。ただ、彼の声を所作を、子どもが悪戯を思いついたような笑みを、政宗は好いていた。その様を焼き付けるように、政宗は幸村の背を見つめた。
「策を練らぬゆえ負けます。けれども、最後なのです、一番に醜く死ぬよりは、一番に愚かに死んだ方が、私は満足するのです。」
自侭な男よの。ええええ、そのお言葉をそのままあなた様に。
幸村は来た時と同じように、ひそりひそりと、誰にも見つからぬようひっそりと帰っていったのだった。
***
みっちゃんにもかねっつにも言えなかったことを、伊達さんにだけは普通に打ち明けられるといいな。伊達さんの立場は幸村とまったく逆の方を向いて立ってると思うので、幸村の言葉に一々傷付きもしなければ喜びもしなくって、互いに相手の存在が重く感じることはないだろうな、っていう妄想です。
ダテサナは以心伝心過ぎて、カカオ80%〜99%ぐらいの感じだと思います(分かりにくい!) 私は76%辺りが一番おいしいと思います。
02/13