左近と幸村は通り過ぎて行った荒々しい足音に、同時に安堵の息を吐いた。茂みの中、身を寄せ合っている光景は異様であり、また接近しすぎている二人の姿をあの足音の人物が発見した日には左近の命も風前の灯であろうが、今の二人にはそれを気にしている余裕はなかった。とりあえず嵐の元は立ち去って行ったのだ。
「それにしても、三成殿、すごい剣幕でしたね。」
未だ茂みから出ようとしないのは、踵を返す可能性がゼロではないからだ。幸村はひそひそと隣りにいる左近に話を振った。左近は今更ながら密着している今の体勢に気付いたのだが、離れようとしたその時に、再び足音が聞こえてしまった為、左近は身を縮めることしか出来なかった。
「殿、ではないな。」
「はい、そのようで。」
自分達が隠れている茂みを素通りしていく足音は、確かに機嫌が最高に悪い三成のものではない。念の為足音が遠ざかってから、左近は言葉を継いだ。
「まあ原因はあんたのせいだがな。」
「それがいまいち理解できないのですが、どうして三成殿はあんなにも怒っていらっしゃるのでしょう?」
「それはあんたが、」
昨日は三成や左近、幸村、兼続といったメンバーで酒を呑んでいた。兼続は疲れていたのか、さっさと酒を呑んで眠りこけてしまった。どちらかというと三成は酒に強い方ではない。二人のペースに合わせていたら、次第に意識が朦朧としていた。だから三成はその会話の前後を覚えていないし、幸村もまたほのかに酔っていたせいで、どんな会話からそう己の口が語ってしまったのか記憶にない。ただ幸村はその後の三成の狼狽ぶりを何故だかよく覚えていた。幸村がその言葉を口にした途端、今まではほのかに赤みの差していた頬が段々と青白くなり、しまいには後ろに倒れてしまった。何事だろうか、と幸村が彼の顔を覗き込めば、彼は糸が切れたように寝息を立てていた。その場はそこでお開きとなったわけだが、左近は幸村の言葉に酔いもさめてしまったようで、始終頭を抱えていた。ああなんてことを言ってくれたんだ、幸村。俺、明日生きてられるだろうか、ああああ、ホント幸村うらむぞ。と。
「『私は左近殿と寝たことがありますよ。』なんて言うから。」
「え、私そんな露骨な言葉を使ったんですか?」
「いや、俺もしっかりとは覚えてない。だが、こうなったのもあんたのせいだ。」
幸村の反応するところが微妙にズレているのはいつものことである。左近もそれは重々承知しているから、あえてそこには触れない。
「別に隠す必要はないでしょう。やましいことではありませんし。」
「あえて告げる必要もないだろう。それに殿は潔癖症だ。男色なんぞ理解しないだろう。」
「え、そうなんですか?私はてっきり。」
てっきり、なんだ。左近はそう問い質そうとしたが、途中でやめた。幸村が幼少期から親しんできた環境は、左近の知る世間とはいささか差異が大きすぎた。武田の軍というのは、一種異様な集団だったのだ。その中で精神を、そして世間を学ぶに重要な時期を過ごしてしまった幸村には、その差異を差異だと受け取る材料がどこにもなかった。自分の生きていた軍の常識が、他の軍でも当然のようにあるものだと信じ込んでいる幸村なのだ。男色が珍しいとは左近も思わないが、あそこまで奔放なわけではない。女を抱いた身で、次の日には男に抱かれるのが、そもそも常識ではない。
「あ、でも、私あの時抵抗しましたし、弁明の余地はありますよ。」
「最後は結構投げやりだったけどな。」
「あの時は眠かったんですよ!」
「ああだから抵抗も少なく済んだと。」
「左近殿があまりに強引だったせいです。」
言葉の応酬が段々と熱を帯びていく。二人は隠れていることをすっかり忘れているようだったが、幸い三成の姿は現れなかった。
代わりに、わざとらしい咳払いと共に、茂みを大きく掻き分けた人物が居た。くっついた状態のまま言い合っていたその体勢で、二人は固まった。ゆっくりと、その人物へと視線を向ける。
「か、かねつぐ殿。いかがなさいましたか?」
精一杯の幸村の言葉である。が、兼続は笑みを浮かべたまま、ああお前たちは不義だ不義甚だしい!、ととりあえず誰もが予想できたであろう言葉を吐いた。
「乳繰り合うのも結構。愛を確かめ合うのも止めはしない。むしろ存分にやるが良い!だが、私の屋敷ではやめてくれぬか。三成に破壊されては流石の私も怒ってしまうぞ。」
ほらほら、さっさと出て来い。三成が戻ってきてしまうぞ。と手を差し出す。は、はあと幸村は兼続の言葉を理解しないように手をとった。
「本来ならば床を貸してやりたいところだがな、左近殿、相手が悪かった、ああ幸村でなければ私は喜んで床を提供しただろう存分に愛を確かめられるようにな!」
余談だが、兼続の声というのは、困ったことによく通る。音量もさながら、声質というものが空気を貫き、遠くにまでこだまするのだ。今の二人にとって、兼続のこの声こそが一番の迷惑であっただろう。その内容が兼続の勘違いで形成されていれば尚更のことだ。
「左近!!そこに居るだろう左近!!貴様に問い質さねばならんことがある、そこで大人しく待っていろ!!!」
三成の声もまた、左近にはよく届いたのだった。
***
くだらない話を書きたかったんです。直江プチ暴走させたかったんです。
三→幸じゃなくても、幸村が左近に汚された!と勘違いしてるみっちゃんでもいいです。かねっつは応援してるように見せかけて、幸村の寝室に忍び込む機会を伺ってます。私は総受けが好きなのだ。
てか、もうホント左幸読みたいねん。
04/10