左近は痛む頭を引きずりながら、ゆっくりと覚醒した。年甲斐もなく、昨晩は飲みすぎたなあと後悔するが、頭痛がよくなるわけはなかった。左近が目覚めたのに触発されたのだろうか、隣りで穏やかな寝息を立てていた彼も、もぞもぞと活動を始めた。
「刻限はいかほどでしょうか?」
幸村は体を起こして、障子へと視線を向けた。左近と同様、いやそれ以上の酒を、文字通り浴びるほど飲んだ幸村だが、横顔に浮かぶ表情は、目覚めたばかりだというのにすっきりとしていた。左近の視線に気付いたのか、幸村は左近に顔を向けて、ああおはようございます、と言った。左近は台詞が前後になってしまっているおかしさを大して気にせず、ああおはよう、と返した。まるで隣りに彼が居る事実が当然とでもいう風であった。
陽は随分と高い位置にあるように見えた。そろそろ起きなければ、と左近が布団を片付けようと、とりあえず幸村がかぶっている掛け布団に手をかけたところだった。見ようによっては幸村に覆いかぶさっているようにも見えた。幸村は顔は覚醒しているように見えたが、どうやら頭はまだぼんやりとしているようで、左近の緩慢な指の動きを目で追っていた。
その時である。
「左近!幸村の姿が見えないのだが、知らぬか?!」
障子の向こうから、三成の怒鳴り声がした。ああ殿、朝っぱらからそう大きな声で。左近の頭には三成の声が何重にも重なって響いた。これは、本当に相当飲みすぎてしまったようで。
「ああ幸村なら、」
ここに居ますよ、と、言いかけて、左近はようやく今の自分の立場に気付いた。今の自分は武田に身を寄せていた頃とは違うのだ。石田家家臣の一人であり、ああそうだ、この真田幸村という男は殿の大切なご友人であり、そして石田三成らしくはない執着を見せる相手でもある。サァァと血の気が引いていく。やばい、だろう、この状況は。とりあえず、布団は片付けてしまおう、誰も起きていなかったから、左近が話し相手になっていた、というそういう設定に持ち込もう、そうしよう、と一人企んでいた、その努力も三成には通じない。
何か言ったか左近?!と、三成は乱暴に障子を開け放した。陽の光が部屋を照らした。左近は障子に背を向けて、布団を片付けようとしていたのだけれど、たまたまそれが幸村に覆いかぶさっているように見える。ただただ布団を片付けようとしているだけなのだけれど。
左近は振り返ることがおそろしく、その体勢のまま固まってしまった。三成が怒りで震えているのか、彼が手をかけたままになっている障子がカタカタと鳴っていた。
そんな左近の心情を知るはずもない幸村は、まだ覚醒していないのでは、と思わせるのんびりとした声で言った。
「三成どの、おはようございます。左近どのがお休みになられたのは遅うございますから、もう少しばかり寝かえて差し上げてはどうでしょうか。」
ほぅ、と三成の目が細まる気配がした。ああこわくて振り返られない。しかし幸村は三成の表情にもにこにこと笑っている。肝が据わっているのか、極度の鈍感なのか。どちらも幸村に該当する辺り、この二択は非常に難しい。
「…幸村にそういわれれば仕方ない。一刻後、俺の部屋に来い。用事を思い出した。そ、それはそうと、幸村、朝餉の支度が出来ているが、一緒にどうだ?」
「私も左近どのと同じぐらいの刻限に寝付きました故、もう少し睡眠を摂ります。三成どの、折角のお誘い申し訳ありませんが、私も左近どのと一緒に眠らせて頂きます。」
では失礼。と、さっさと布団にもぐりこんでしまった。
「左近。」
「は、はい。」
「あとで、お説教だ。」
一刻後を思うと、幸村のように穏やかに眠ることなど、できるはずもなかった。
***
自給自足じゃ無理だと判明。他人様の話が読みたいのだ…!
ちなみにこの話の直江は、幸村んとこに夜這いにいって彼が不在だったことが不満で、幸村が寝るはずだった布団で一晩過ごしたという設定があります。直江、気持ち悪い(褒め言葉)
04/16