蝉の声が、連日幸村の鼓膜を震わせていた。まるで耳鳴りのようだ。幸村は音の洪水の中、ぼんやりとそう思った。午後二時の容赦ない日差しに、幸村はポケットに入っていたハンカチで、首筋の汗を拭った。立っているだけでも汗が噴き出してくるのだ。それは武蔵も同様で、夏服の前を少しだけ寛げて、ぱたぱたと手で風を送ろうとしている。そんなことをしても、生ぬるい風がそよそよと吹く程度なのだけれど。

二人は学校の帰り道、あまりの暑さに根をあげて、避難所に逃げ込むようにコンビニへと飛び込んだ。自転車に鍵をかける時に触れたサドルが、いっそ清々しいほどの熱を持っていて、幸村は慌てて手を引っ込めた。押して歩いていたせいもあるだろう、サドルがこの時期には相性の悪い黒色をしていたせいもあるだろう。
(あのサドルは、今も太陽にじりじりと焼かれているのだ。)
コンビニのクーラーに涼みながら、外の熱気を思い出す。あれにまたがることを思うと、ぞっとした。

汗が引いてきた頃だ。武蔵はようやく店内へと目を向けた。決して繁盛しているとは言えない道場に居候している武蔵は、コンビニとの縁は薄い。しばらくは雑誌のコーナーで表紙を一つ一つ眺めていたのだが、やがて夏の暑さに浮かされて、ふらふらとアイスコーナーへと足が向かっていた。

ガラス越しに武蔵はアイスと睨めっこだ。他のコンビニ商品と比べると、中々に安価に思えた。ワンコインに+消費税で買えるだけのものが、意外にもたくさんあったのだ。普段ならば決してコンビニなどでは買わない武蔵も、ああこれぐらいなら、という気の緩みはある。がば、と戸を開ければ、冷気が武蔵の顔にかかる。武蔵は己が目的としたものに一目散に手を伸ばした。元々迷うような性質ではないが、隣りの芝は青く見えてしまうものである、決断したならば即実行するのが当然だろう。
けれど武蔵の決断空しく、背後から伸びた手は、武蔵が手にしようとしていたもの、ではなく、隣りのアイスを掴み、武蔵の手から奪い取るように扉を閉めてしまった。

「幸村ぁ、俺はガリガリ君が食いたいんだ。」
「だが私が手に持っているのは、ハーゲンダッツだ。」
この温室育ちのお嬢様め、俺はそんないいモン食ったことねぇよ、と武蔵がぼやき、再び扉を開こうとする。が幸村はさせまいと武蔵の手にデコピンを食らわせた。痛かったわけではないが、やめておけ、というサインであることは理解できた。
「お前が食べればいい。私はいらない。」
「ならガリガリ君にしてくれよ。それなら二本とあとちょっと食えるぞ。」
あとちょっとって何だ。コンビニは計り売りなどしてくれないぞ。分かってるけど、心境としてはそういうもんだろ。
幸村は言葉の応酬に満足したのだろうか、じゃあ買ってくる、と踵を返した。


コンビニから一、二分した十字路が、幸村と武蔵の帰路の分かれ道である。二言三言を交わし、すぐに分かれていく。
幸村はふと自転車のかごに目をやった。コンビニの袋に入れられた、溶けかけたアイスクリームの存在感が嫌になってしまった。陽は暑く、空気は纏わりつくような熱気をはらんでいた。そういう雰囲気ではなかった。だが幸村は突然に切ない気持ちになってしまった。袋も中との温度差のせいで汗をかいていたからなのかもしれない。
「武蔵。」
ん?と武蔵は視線を向ける。お前はきっとこのアイスの存在などほとんど忘れているだろう。お前は薄情な人間だ。幸村はその言葉を飲み込んで、代わりの言葉を吐き出す。
「このアイスは私にくれないか。」
「くれもなにも、お前が金出したわけだし、お前のだろ。」
「そうか、ならいい。」
これはお前のだけれど、私はお前を縛るために欲しいのだと駄々をこねて、そうやってお前に無理矢理に約束を押し付けようとしているのだ。私の家の冷凍庫が、数年酷使し続け、更にはこの猛暑のせいで、機能が低下していることをお前は知っているはずだ。お前に麦茶を出そうとして、氷が出来ていなかったことを、お前は恨みがましく覚えているだろうから。だから、このアイスを人質に、溶ける前に、と何かを約束させようとしているのだ。こいつの命が欲しかったら、なんてありきたりな台詞だろう。けれどその人質に、武蔵は一片の執着もないのだから、それは人質としての役目を持っていない。
幸村は武蔵を縛りたくはないし、この距離間を失いたくはない。何一つ隔たりのない二人でいたいし、何一つとて縛り合いたくはない。その思いが強いからこそ、一つとして言葉にはしなかった。

「幸村?」
武蔵が幸村の顔を覗き込む。この心中を悟っているのか、それとも本当に何も見えていないのか。幸村は武蔵の表情に何も見出すことができない。
「武蔵、ガリガリ君は次の機会にでも、」
「何、おごってくれんの?」
「自分で買ってくれ。」





***
途中書くものを見失った。最後のトコが書きたかったんですが、なんかもう色々ぐちゃぐちゃとしすぎた。パラレルはこんな殺伐とした感じではないので、もう書かないと思う。
アイス云々考えてると、ふと『 蝶 々 の 纏 足 』が読みたくなりました。『 風 葬 の 教 室 』も好きです。私持ってませんが、文庫なら中古で何回か見たことがあります。

今更ですが、ガリガリ君とか名前だしてよかったのかな(ホント今更!)
眠気に負けて段々と見直しが雑になっていくよ…。文章のリズムが気になるところが多数ありますが、もう無理だよ、眠いもの(コラ)
04/21