エンパでひどい話


1 対 兼続
2 対 左近
3 対 政宗
4 対 三成
































幸村は、担ぎこまれる形で、主である三成の城へと帰城した。留守居として城を守っていた幸村を救援に行くには、確かに時が遅かった。援軍として兼続率いる上杉軍が出陣したが、その時既に城は、天主を残して全て陥落していた。幸村の戦が下手を打ったのではない。彼は少ない兵力差を物ともせず奮戦していたが、我攻めを決行されれば、いかに戦巧者の幸村とて防ぎきれるものではなかった。兼続は背後から急襲し、何とか城を救うことは出来たが、既にその頃には城に火の手があがっていた。その中から、必死になって幸村を探し出し、連れ出してきたのだ。

此度の小戦は、後の大戦への布石である。幸村がこもっていた城は、石田家にとって然程重要な位置を占めている城ではない。だが、いざ戦となり、敵勢力が攻め寄せた場合、その城から出撃すれば横槍を入れることも可能であり、敵勢力としては是非とも陥落させておきたい拠点であった。また、此度の戦は急なものであり、石田方には準備の時間があまりにも少なかった。ゆえに、時間稼ぎをする必要があったのだ。あの城が陥ちねば、敵は攻め寄せることを躊躇う。そこで幸村は少ない手勢で閉じこもり、敵の攻撃を一手に引き受けた。そうなってしまえば、幸村に声など届かぬ。最後の一兵になろうとも、時を稼ぐ為に戦うのだと決めていたのだ。

不利になれば落ち延びてくるものだと思っていた三成にとって、これほどの動揺はなかっただろう。そういう意味で幸村をあの城へ向けたのではない。幸村なれば、敗残兵をうまくまとめ、無事戻ってくれるだろうことを信じてのことであった。冷水を浴びたようであった。三成はすぐさま援軍を差し向けたが、時は既に遅かったのだ。

・・・


「失礼するぞ。」
兼続が襖の向こうから声をかける。幸村は顔を襖へと向け、どうぞ、と返答をした。感情のこもっていない声であった。幸村は帰城してから数日経った今も、三成に会っていなかった。
「怪我の具合はどうだ?ちゃんと寝ているか?」
兼続は気遣うように言うが、幸村は曖昧に笑うばかりであった。いや、笑ったのは布のすき間から覗く頬と口許だけで、目は白い布に覆われていて見えなかった。


・・・

幸村は燃え盛る炎の中、生きていた。幸村のことである、前線に立ち兵を鼓舞し、何度も敵と槍を合わせたのだろう。鎧は傷付き、槍は刃こぼれをしていた。兼続も、今は亡き謙信公の元、何度も戦場へと赴き、戦の空気を肌で知っている将である。並大抵のことでは驚かぬ。だが、この時ばかりは兼続も声を失った。血が冷えていくのを感じたのだと、今もその時を思い出せばぶるりと身体が震えた。

幸村の右腕は、兼続が駆けつけた時、既に存在していなかった。兼続が声を震わせてそれを訊ねれば、不覚を取りました、と少しだけ笑った。
『逃げるぞ、すぐに大きな戦が始まる、そこでお前は挽回すればいいだけだ、逃げるぞ幸村、切腹などお前にはまだ早い。』
兼続はあの時ほど、幸村の笑みが恐ろしかったことはないだろう。何故笑っていられる、そう思った。思ったが訊けなかった。代わりに、早く逃げるぞ、と幸村の左腕を引いた。幸村はあっさりと兼続の方へ倒れてきた。不審に思った兼続だが、この際構ってはいられなかった。
『離してください。』
幸村はそう言って、兼続の腕を引き剥がそうとする。だが、幸村の目の焦点は、兼続を見つけてはいなかった。ぞくりと、背筋を駆け抜けた衝動を、兼続は忘れられぬだろう。
『目が見えぬのです。』
幸村はそう言った。兼続は言葉を失い、今、何と?と繰り返すことが精一杯であった。幸村はもう一度、
『目が見えなくなってしまいました。兼続どのの顔も見えませぬ。何も光を感じませぬ。』
ですから、私はこの城と共に死にたいのです。そう穏やかに言葉を吐き出した幸村に、当身を食らわせたのは、さて何の衝動であっただろう。







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06/08
































左近は三成の遣いとして、幸村の元へ来ていた。幸村は未だ病床から抜け出せずにいた。瞼の上から包帯が巻かれている。つい気を抜くと、そこへと視線がいってしまう。
左近は三成から、幸村への言葉をたくさん預かっていた。だが、どれ一つとったとしても、幸村を傷つけるだけであると左近は分かっていた。三成は一見冷酷そうだが、その実家臣思いであるし、何かと細かな所に気が付く人間であったが、将の思いだけは悟らなかった。左近としては歯がゆき限りである。三成はよくぞ戻ったと泣いていた。幸村はすいませんとうなだれてしまう。そういう二人なのだ。

目が見えぬというが、幸村は目の前の人物を間違えたこともなければ、見当違いの方を向いているわけではなかった。気配に聡いのだろう。
そんな幸村の様子を観察していた左近に、幸村はゆっくりと口を開いた。
「左近どの、一つ、お頼みしたいことがございます。」
迂闊に了承などできぬ。幸村の空気は、危うい。
「言ってみるだけ言ってみな。」
「介錯を、お願いしたいのです。」

「三成どのは、この私の姿を見て嘆くでしょう。かなしまれるでしょう。優しい方です。けれど私は、ここに戻ってくるべきではなかった。城を枕に死ぬべきでした。」
「それに、既に光も失い、腕も失くしました。今の私に何がありましょうや?私は、武士ですらなくなってしまったのです。」
「殿は、それでもあんたの帰還を喜んでいた。だから、あんたの頼みを聞いてやれない。」






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06/08
































伊達家は石田家と同盟の間柄である。一戦を交えたこともあるが、今は表面上は良好な関係を保っている。政宗は戦の援軍として、三成の屋敷に滞在していた。当然、幸村のことも耳に入っていた。以前から幸村の武者振りに一目置いていた政宗である。面会が許されると、すぐさま幸村の元へと訪ねた。

「政宗さま、このようなところへ何用で?」
「おぬしの腑抜けっぷりを見に来てやったのだ。なんじゃその体たらくは。」
政宗の言葉は容赦が無い。だが、幸村は己が一番そう思っていただけに、そうですね、と笑いさえした。気に入らん、と政宗が鼻を鳴らす。
「私の居場所がなくなってしまいました。これから、どうしたものでしょうか。」
幸村は独り言のようにぼそりと呟いた。政宗は馬鹿め!と叫ぶ。幸村は政宗の辛辣な言葉が何より心地良かった。生ぬるい視線など、自分には似合わぬのだ。
「このままここにおっても、飼い殺されるが道理であろう。なれば、じゃ、幸村。わしの許へ来い。槍働きばかりが戦ではなかろう。丁度軍師が欲しかったところじゃ。おぬしならば申し分ない。」
「伊達家には既に片倉どのという素晴らしい軍師がいらっしゃるではありませんか。私などが出しゃばる必要はありますまい。」
「小十郎は確かに名軍師だが、あれは伊達家の軍師じゃ。わしは、わしの軍師が欲しい。」
「あなたは伊達家の総領でしょう。伊達家の軍師でよいではありませんか。」
「馬鹿め!伊達家の存亡如何と、わしの意向がぴたり重なることの方が稀じゃ。わしは、わしとして動く。伊達家など知らん。家名が天下人への障害となれば、」
「お捨てになるか、政宗さま。」






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06/08
































三成は、幸村の表情に、言葉を失った。この男は腕を失くしたという、視力を失くしたという。痛いだろう悲しいだろう苦しいだろう。けれど幸村は、何ら苦痛を見せなかった。この男は、この腕では戦働きが出来ぬと、この目では戦の状況が見えぬと、そう嘆くのだ。三成の背筋が凍った。そうまでして、戦をするという、戦に赴くという。何よりも己のために、三成のために、この男はこうまでなっても戦を忘れられぬという。

「三成どのは私に死ねと命じればよかったのです。己がために死んでくれ、と、そうおっしゃってくだされば、私はどれだけ救われたでしょう。あなたは仰いました。必ず戻ってきてくれ、と。その言葉に縋った今の自分がとても恥ずかしい。もう一度あなたに会いたいと思ってしまった私は、なんと浅ましきことでしょう。」
幸村は言う。たくさんの人が死んだ、たくさんの同志が死んだ。けれど自分は生きているのだと。皆死のう、そう言って数日を耐え抜いた。皆、死んだ。幸村も死ぬはずであった。だが、死ななかった。

「武働きなどせぬとも、共に居て欲しい。幸村、これはお前だからこそ言っているのだ。御伽衆としてでもよい、軍師としてでもよい。俺の傍に居てくれ。」
「そのようなことになれば、それこそ、」

飼い殺しです、

幸村はその言葉が告げられぬ。三成の好意は分かる、思いも分かる。だが、理解出来なかった。無念であった。皆と共に死ぬのだと、そう皆に言っておきながら、おめおめ生きながらえている己が、何よりも未練であった。





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こ、ここで終わらせる自分って何なの、
気が向いたら、ちゃんとした形にしてアップするかもしれないです。ホント気が向いたら。
ちなみに御伽衆ですが、雑談の相手程度でお願いします。やらしい意味(?!)ではないです、残念ながら。

多分この後、色々あるけど、結局三成の正室として落ち着くんじゃないでしょうかね(超適当なこと言いよった!)
06/08