三成はふと顔を上げた。畳を睨み付けながら酒を呑んでいたのだが、何ともなしに周りが気になったからである。周りには身分の上下関わらず、みな車座になってわいわいと騒いでいた。勝ち戦の酒は格別であろう。三成も今宵ぐらいは、と、酒の手配をしたものだ。
ぐるり、と一同を眺めながら、三成は嘗めるように酒を呑んだ。その中で、唯一三成の視線に気付いた人物が居た。特に盛り上がっている輪の中で、時折笑みを見せながら酒を呑んでいる幸村であった。目が合うと、幸村はにこりと微笑んだ。そして、周りの者に断り立ち上がる。どうやらこちらへ来るようである。三成は、幸村の笑みに、唐突に戦場で槍を振るう幸村の姿を思い出した。情報が波のように、三成の脳裏を掠めていく。ぞわり、と鳥肌が立った。三成はあの戦場で初めて、幸村が兵を鼓舞し声を張り上げ槍を振るい人を屠るところを見た。虫も殺さぬ、と言うには大袈裟であったが、三成の中の幸村とはそういうった人種であった。常に穏やかに佇み、声を荒げたりもせず、どんな理不尽な扱いを受けようとも、それをさらりと流してしまうような、そんな清廉とした人物であった。幸村を知っている者は、大抵そのようなイメージを抱いているはずだ。だから、三成は前々から疑問に思っていたのだが、この真田幸村という男、本当に表裏比興と呼ばれる真田昌幸の息子なのか。一体戦場ではどのような顔で武働きを見せるというのか。この男に、戦場の狂気が分かるのか。そう、思っていた三成であった。だが、実際はどうだ。三成は今でも幸村の姿を思い浮かべると、背筋が凍る思いである。虫も殺せぬような男が、戦略を語り兵に下知し、自ら先頭に立って兵を殲滅していった。三成は、あの時に見た幸村の横顔ほどおそろしいものを知らない。爛々と輝く目を、一歩も退かぬ意志を見せる眉を、きりりと結ばれた口許を。笑っているのか、怒っているのか分からない表情であった。だが、それゆえに三成はおそろしかった。あの幸村は、鬼神であったのだと、そう思った程であった。
「三成どの。」
そう声をかけ、幸村は三成の隣りに座った。流れるような動作で、ほとんど満たされている三成の盃に酒を注ぐ。三成は無言でそれを受け、僅かに一口だけ含んだ。
「おそろしいですか。」
なにが、とは問えなかった。三成は幸村の横顔を見やる。穏やかな顔をしていた。常と変わらぬ表情であった。だが、先の戦の幸村を知っている身としては、その変わらぬ姿こそが何よりもおそろしかった。お前は虫も殺さぬような大人しい顔をしていながら、
「お前をおそろしいなどと、思いたくはない。」
「思ってくださって構いませんよ。きっと私は、戦の狂気にいつまでも取り憑かれているのでしょう。」
にこり、と幸村は微笑んだ。人の良さそうな、染み入るような笑みであった。だが三成は、途端に口を噤み、誤魔化すように酒を呑むのであった。
***
みっちゃんの駄目っぷりが書きたい。
読む本読む本、石田三成は戦下手で、それを自覚してたから積極的に左近とか舞兵庫とか蒲生どのとか登用した、って書いてあって、ほぎゃあとなります。みっちゃんが愛しい。
06/28