左幸パック (捧げ物/というにもおこがましいですが/、居場所に困ってこちらに移動)
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好きな食べ物はいちごです。
まだ日の高い時分であった。本来ならば自室にこもり雑務に忙殺されている時間帯だが、三成は左近と共に何故だか縁側で苺を食べていた。ねねからの差し入れである。三成はそのなりの割に少食ではないが、食よりも仕事を優先させる性質である。ゆえに、それを見かねたねねが、採れたばかりの苺を三成に持ってきたのだ。もちろん、石田家の主たる男が食を抜いているのだ、左近もまた、三成の生活習慣に倣うようになっていた。その為、食を抜くことは決して珍しくはない。ねねは三成の家臣たちのことも考え、それは大量の苺を篭に抱え、笑顔で三成に渡した。イチゴは日持ちしないから、早く食べてね!むしろ今日、今すぐ食べちゃってね!と決して小さくはない篭にこんもりと盛られている苺の山を残して去っていった。辺りには苺の甘い香りが漂っている。
そういうわけで、不本意ながらねねの言いつけを守り、縁側で黙々と左近と苺の処理をしていたのだ。律儀で、しかも無駄を嫌う三成に、捨てる、という選択肢など毛頭ない。意地でもこの苺を腹に納めるだろう。
大の男が二人もそろって縁側で苺を食べる風景、というのは、いささか奇異であった。しかも、使命感のみで苺を食べているものだから、三成の表情は穏やかなものではなく、むしろ眉間に皺が寄っていた。左近もその様子をちらりと眺めつつ、やれやれ、と主に付き合い苺に手を伸ばしている。
そこへ、幸村が通りかかった。鍛錬を終えたばかりなのだろう。額には汗が浮かんでいたし、手には訓練用の刃先がついていない槍が握られていた。二人が幸村を見つけるのと同時に、幸村も二人に気付く。苺を無言で食べていた三成はその手を止め、幸村を手招きする。幸村は三成に誘われるまま、二人に近寄った。
「おいしそうな苺ですね。おねね様からの差し入れですか?」
こういう時の幸村は鋭い。三成は視線をそらしながら頷いた。食に対して無精であることを自覚しているのだろう。
「幸村も食べたらどうだ。流石にこの量を二人で食べきるのはきつい。」
「はい。では、お言葉に甘えて。すぐに手を洗ってきます。」
すぐさま駆け出そうとした幸村を、今度は左近が止める。ちょっと来い、と言いたげな手振りをすると、幸村も意味を悟ったのか左近の傍に寄った。
「ほら、口開けろ。」
三成は二人の行動の意味が分からず様子を見守っている。幸村はすぐに合点がいったのか、左近の足元にしゃがみ込み、左近を見上げ口をがばりと開けた。左近の指の中には、ヘタが取り除かれた、熟れた苺が存在している。左近に苺は不釣合いだなと三成は失礼なことを思ったが、次に瞬間、三成はそんな思いなど吹き飛ぶような光景を目にした。手にしていた苺がぽろりと着物に落ち赤い染みを作ったが、三成は気付かなかった。
左近はあろうことか、ひょい、と幸村の口の中に、苺を放り込んだのだ。左近は指の中の苺がなくなると、すぐに次の苺を篭からつまみ上げた。幸村はもぐもぐと苺を嚥下するのに必死だ。ほれもう一個、と左近が苺を突き出すと、幸村も口を開けた。同じように幸村の口の中に苺が吸い込まれていく。が、うまく幸村の舌に乗らなかったのか、幸村が慌てて口を閉じた。左近の指先を、幸村の舌が掠めていった。
「こら、人の指まで食うな。」
「左近どのがもう少し上手に置いてくれればよかったんですよ。」
遠慮のない言葉を交わしながら、幸村は満足そうに、おいしい苺ですね!と三成に顔を向けた。三成は目の前の光景に茫然としている。あの幸村が、あの幸村が!これでは餌付けされているようなものだろう!と思考が達するにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
「殿はさっきから外ればっかりひいてますからなあ、あまり甘いと感じていないんでしょう。」
固まってしまった三成を、何をどう誤解したのか、左近がそう声をかける。
「え、そうなのですか。勿体ないですよ、こんなに甘いのに。やはり左近どのが選ぶ苺はおいしいですね。」
畳み掛けるような幸村の言葉である。何だお前ら。昔もこうやって左近に苺を食べさせてもらっていたのか、という三成の問いは、…まだ飛び出さない。
「ま、苺は好きな方ですからな。」
「女子の次に苺が好きだと、昔聞きましたが?」
くすくすと笑う二人だが、幸村がまだ手を洗っていないことに気付いた左近は、もう一粒幸村の口の放り込みながら、さっさと行って来い、と背を押すのだった。
***
いちごって江戸時代の終わり頃に輸入されたんですって。でもって、ちゃんと栽培され始めたのが明治なんですって。ちぇ、残念。
いちごが好きな左近って可愛くないですか、と言いたかったんです(…)
06/29
お八つは団子がいいなあ。
春の陽気漂う、穏やかな日であった。幸村は三成の代わりに兼続と応対していた。兼続は三成に用があって訪れたらしいのだが、多忙な三成の身体が空くにはまだ少し時間がかかった為、その間幸村が兼続と談笑していたのだ。
兼続は幸村の顔を見るなり、お前に土産を持ってきたのだよ、と甘味屋の包みを差し出した。幸村の好みを知っている兼続である。幸村はすぐさま中身が団子だと分かった。思えば、心なしか甘いにおいがした。幸村は喜んでその包みを受け取り、ありがとうございます、と言いながら包みを開けた。中身は案の定、団子であった。幸村はお茶を淹れますね、と腰を上げ、屋敷の奥へと消えていった。
話は弾み、団子も、あとは幸村の持っている串の先についている一つとなってしまった。三成も左近も団子は嫌いではないが、幸村のように好んで食べるわけではない。結局残ってしまうのだから、とよっぽどのことがない限り、幸村が片付けていた。兼続もそこは気を利かせて、三成たちには酒を持ってきているから、これはお前でお食べ、と兼続も団子にはほとんど手をつけていない。最後の一つが幸村の口の中に消える、まさにその時であった。
廊下をこちらに向かって歩いてくる音に、二人は視線をやった。視線の先には、両手にあふれんばかりの書簡を抱えている左近が居た。三成の部屋から回収したものだろう。三成がよく部屋に物をためこんでは、それを左近が片付けていた。左近では追いつかない場合は、幸村も駆り出されている。
幸村は兼続に一礼をし、団子を手にしたまま立ち上がった。おそらく、片手に団子を握っていることなど無意識なのだろう。そのまま左近に近付いた。兼続は何気なく二人に視線を向ける。
「左近どの、仕事の方は一段落つきそうですか?三成どののご様子は?」
「あと少しって所だろう。それにしても、片時も握っていなくとも、団子は逃げないぞ。」
「あ、これは、」
左近の言葉に幸村も気付いたようで、少し頬を染める。一つのことに集中してしまうと、他のことなど目に入らなくなってしまう性質なのだ。それを散々、子どもだガキだとからかわれていた分、幸村としては反論できなくなってしまう。が、すぐに何かを思いついたのか、今度は顔を輝かせて口を開いた。幸村の表情の移り変わり方こそどことなく子どもっぽいのだと、左近はこっそりと思っているのだが、本人が気付くのはもうしばらくかかりそうである。
「そう言えば、左近どの。今日は食事を頂いてませんでしょう?団子は結構、腹持ちが良いのですよ。」
そう、左近の鼻先に串に一つだけ刺された団子を近付ける。両手が塞がっていて、このままでは幸村から団子を貰えない。兼続は、その辺りに荷物を置くのだろうなあ、とそう当然の見当をつけながら二人を見守っていたが、次の瞬間、手持ち無沙汰に手の中で転がしていた湯飲みを落としそうになってしまった。
左近は僅かに腰をかがめ、幸村が差し出している団子を、そのままぱくりと食べてしまったからだ。もちろん、幸村がその団子の串を握っている。まさか、左近がそのような行動に出るなどと思っていなかった分、兼続の動揺も激しい。が、そんな兼続の様子など気付きもしない二人はのほほんとしたものである。
「甘…。あんたが食べてる時点でやめとけばよかったなあ。」
「最後の一つを食べておいて何言ってるんですか。ちょっと待って下さい。冷めたお茶ですが、まだ少し残ってますので。」
兼続の方へ戻ってきた幸村は、今まで幸村が飲んでいた湯飲みを掴み、また左近の方へ駆けて行った。そして、先程と同じように、幸村の手ずから左近の口へと運ぶ。
「ぬるい、というか、冷たい。」
「だから言ったじゃないですか、冷めたお茶ですよって。後でお部屋の方にお茶を運びますから、今は我慢して下さい。」
仕方ないな、と肩をすくめた左近は思い出したように、もうすぐ殿の仕事も終わりますから、そろそろ部屋に押しかけてもいいと思いますよ、と兼続に向かって声をかけた。というわけなので、行きましょうか兼続どの。幸村もまた、にこやかに兼続に笑顔を向けた。兼続は二人に何も言えず、ただ頷くばかりであった。
***
義とか愛とか喋ってない兼続は久々。
全てはご都合主義の賜物でございますれば。自己満足です。
はーいあ〜んvをいつまで引っ張っててすいません。レパートリーが少なすぎるのが原因かと。左近も幸村も別人ですが。
『くちなしの恋』の後の設定なので、幸村は石田家に居るんです。
06/30