暁に  as far as I know


あ 明けてもあなたがいる
か 庇うようにカーテンをとじる
つ 詰めこんだ夜を連れて
き 気に入りのかなしみ
に にせものまじりのほんとう






























明けてもあなたがいる


佐助は静かに障子に手をかけた。断りなく部屋へ身体を滑り込ませても、主は顔色一つ変えなかった。ただ佐助を一瞥し、ああお前か、と抑揚のない声を吐き出しただけだった。未だ徳川の兵が上田城を囲んでいる。白装束に着替えるわけにはいかなかったのだろうが、佐助には幸村の覚悟の程が十分に分かっていた。研ぎ澄まされた刀身が、幸村の目の前に、その場になくてはならぬ調度品のように、凛然と置かれていた。幸村は、静かに口を開いた。独り言のようにも、佐助にしか分からぬ言葉を絞り出しているようにも聞こえた。

三成殿は、その志空しく倒れてしまった。
その道に殉ずることは、きっと私の何よりの願いだと思う。
けれど、あの方は切腹すら許されなかったと聞く。なれば私が腹を切るのは、何よりの不遜ではないだろうか。

幸村はそう呟いた後、ゆっくりと佐助の名を呼んだ。佐助に答えを求めているわけではない。ただこの場に佐助が居て、思いを吐露している最中、たまたま佐助の存在を思い出したような、そんなちぐはぐな間であった。

「若の自由にすればいいよ。俺は止めないし、ああでも、ちゃんと最後まで見守っててあげる。多分、それは俺の役目じゃないけど、」
「佐助、」
「あのお殿様には何もなくなっちゃったから、だからその結末も仕方ないことだと俺は思うよ。でもさ、若はまだたくさんのものを持ってるから、まあ俺は若のやりたいことを止めやしないけど。」
「何も失ってはいない。少なくとも私が居る。」
「でも若には俺が居るでしょ。若は一人で色んなことが兼任できる程、器用じゃないよ。」

幸村は短く息を吐き出した。佐助はようやく幸村に近寄り、この刀、もういらないよね?とさっさと懐にしまってしまった。





***
10/17






























庇うようにカーテンをとじる


幸村はゆっくりと覚醒した。布団をはねのけ、身体を起こす。障子越しにまだ淡い陽の光が透けていた。
「若、」
ああ、佐助か。幸村は振り返ることなく言い、枕元に準備してあった着物へ手を伸ばす。だが、背後の気配がさっとそれを取り上げてしまった。
「佐助、」
幸村は佐助の行動を咎めることはなかったが、少しだけ険を含んだ声で彼の名を呼んだ。幸村はそこでようやく振り返った。振り返り、佐助の顔を見、途端、彼の心情を悟った。絞り出すように、幸村は笑みを作った。歪んだ笑みは、まるで泣いているような寂しげな色を含んでいた。今度は佐助が、その表情に幸村の思いを悟る。言葉すら煩わしいと言わんばかりに幸村へと手を伸ばし、そのまま幸村を包み込んでしまった。背格好が似通っている二人だから、佐助の腕は幸村を抱き締めているようにしか見えない。だが幸村の視界を奪うことにだけは成功していた。幸村の視界は、あっと言う間に真っ暗になってしまった。
「まだ、まだ絶望するには、時間があるから。」
耳元で聞こえるその声に、幸村は次第に力を失くし、しまいには身体を震わせてその腕に縋った。泣いてしまえばいいのに、と佐助は思わずにはいられなかったが、幸村から嗚咽が聞こえることはなかった。

(まだ、まだ、夢の世界でまどろんでいればいいよ。)





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10/19