どさりと押し倒される音が静寂に響いた。背を強く打ちつけたが、幸村はそれよりも、手首を掴むその冷たさばかりが気になった。この方は、真夏でも冷えた手をしていたなあ。ぼんやりと、そんなことを思い出す。もう思い出すこともないと思っていたことだ。思い出したくはないと蓋をしてしまった記憶なのかもしれない。その辺りの区別はひどく曖昧だった。
先の戦の折、雪がちらついていた。乾いた褐色の大地に雪がしんしんと降り注ぐ様は寒々しかった。ここは生まれ育った地とはあまりに違う。異国なのだ。

「ゆきむら、」
縋るような三成の声は、けれど幸村の耳を素早く通り抜けてしまった。冷たい三成の指が、ぎりぎりと幸村の手首を締め付ける。痛い、と思ったのは、まるで氷を押し付けられているように感じるせいだ。
「抱きたい。」
「……。」
「お前が好きだ。これ以上の言葉を知らぬ。これ以上の情を、俺は知らぬ。」
「……。」
「ゆきむら、」
無言を貫く幸村に、三成は良いか、と真摯な表情で問う。幸村は、ようやく口を開いた。

「それで、あなた様の気が済むのであれば。」

「幸村!」
咎められるのは当然だと思った。だが幸村は、それ以外の言葉を言ってはやれぬ。言葉を知らぬのだ。

「何故俺の想いを理解せぬ、言葉を理解せぬ!俺はお前と契りたいと言ったが、その中身を、どうしてお前は理解しようとはしてくれないのか!」

幸村は圧し掛かっている三成の、無防備な腹に蹴りを入れた。突然のことに三成の身体は浮き、拍子に幸村の手首を拘束していた指も解かれた。投げ出されるように後ろに尻餅をついた三成を、幸村は無表情に見つめた。

「そう言いながら、あなたは居なくなってしまったではありませんか! 私も兼続どのも豊臣御家も残して、あなたはなくなってしまったのに!それなのにあなたは!」

そう叫んで、幸村はハッと我に返った。三成が不可解そうに幸村を見つめている。幸村の言葉が分からなくて当然だ、彼は知らないのだから。彼が幸村から謂れのない非難を受けるのは間違いである。幸村は慌てて平伏した。追求されることがこわかったのだ。
「、失言を、致しました。」
幸村はそして、三成に背を向けた。ああ言うつもりはなかった、こんな八つ当たり、彼にぶつけるつもりなど甚だなかったのに。あの冷たい彼の指が、あまりにも懐かしかったからだ。それすら、三成のせいにしなければ、この腹の虫がおさまらぬ。なんてひどいことを言うお人だろう、ああけれど、それは私も、か。

三成がまたしても縋るように、待て!と叫んだが、幸村は一度として振り返らなかった。





***
誰もが一度は考える、おろちの世界での時間軸。幸村と武蔵の絡みが全くなかったことを考えると、小田原の戦辺りでストップしてるのかもしれませんが、そこは妄想でカバー。三成は小田原辺り、かねっつは関ヶ原後、幸村は冬の陣辺り、武蔵は夏の陣前日、な感じを希望します。

あと、どうやら私自身が"絞める"という行為にエクスタシーを感じるらしい。その最高潮はやっぱり首、だけれども、三成はせいぜい手首で錯覚するぐらいしかできないと思います。
12/21