三成は確実に酔っ払っていた。だが反面、己の行動を理解する程度の理性も残っていたし、酒は勢いをつける為だけのもので、最後は己の意志なのだと思っていた。二人きりの室内に、徳利が畳とぶつかった、曇った音だけが響いた。三成以上に酒を呷っておきながら、顔色一つ変わらない男だ。三成は酒でほてった息を吐き出しながら、その男ににじり寄る。彼が置いた徳利を掴む振りをして、熱い指をその男の腕に押し付けた。酒が入っても、その男の腕は冷たかった。
「幸村、」
三成は返事を待たずに幸村の身体を引き寄せ、強引に押し倒した。幸村が今まさに口に運ぼうとしていた酒が、咄嗟のことに幸村の手を離れ宙を舞った。が、三成は気にならない。酒に濡れた幸村の唇を、三成の指がなぞる。幸村はいつもと変わらぬ様子で、その唇から吐息を漏らした。三成にとっては、ここから先に進んでも良いか、と合図を出したつもりだったのだ。だが幸村は、きょとんとした顔で三成を見上げている。水面のように静かに佇む幸村の瞳が、三成だけを見つめている。酒にも色にも溺れていない、理性的な光を帯びたそれに、三成の体温も下がる。ぞっとする程落ち着いた、幸村の黒黒とした眸。今から三成がしようとしていることを理解していながら、抵抗一つせず、けれど見下しもせず、ただ真っ直ぐに眺めている。観察、されている。
「おやめになった方が良いのではありませんか。顔色が悪いですよ。酒が悪い方に回ってしまったのではありませんか?」
気遣うような幸村の台詞に、最早三成も、彼をどうこうしてやろうなどという劣情はどこかに行ってしまった。代わりに、なんて愚かなことをなんて厭らしいことを、なんとも下品なことを!と。けがらわしいことだ、人というものは、男というものは。いいや、けがらわしいのは欲だ、人の色欲だ。そして、それをこともあろうに、目の前の清楚な男に抱いてしまった己だ。己こそ、なによりもけがらわしい。
三成のその念は明らかに行き過ぎた嫌悪であったが、幸村の目を見てしまった以上、そう思うも仕方がなかった。みじめである、恥ずかしい、死んでしまいたい、いっそ目の前の男が激昂して己を殴り殺してしまえばいい。だが、幸村にはその激情すらなかった。己は、なんと無様な。
「以前、」
幸村は三成に圧し掛かられた状態にも関わらず、他愛ない世間話をするような口調で口を開いた。三成はどうすればいいのか分からず、ただ幸村の言葉を聞く。
「三成どのがしたように、私も女子を押し倒したことがあります。」
三成の目に僅かに光が宿る。
「そうしなければ失礼にあたる、と父から教わったので、その通りにしたのです。しかし私はどうやら面倒な癖を持っているようでして。戯れるように互いに触れ合うまではよかったのですが、"本題"に入ろうという所で、私は突然に気分が悪くなってしまい、我慢できずに嘔吐してしまいました。」
「それ以来、こういった遊びは避けているのです。相手にみじめな思いをさせてしまいますから。」
***
唐突に始まり唐突に終わります。幸村は、自分の欲がこの女子と交わって新しい命になるんだ、とかそういう生々しいことを考え出したら、もう駄目だと思います。自分のような人間はもう生まれない方がいい、生んだ女子も可哀想だ、とか、そういう感じで。うん、ひどい話☆
01/12