1 悲劇を想定中です / 過激な妄想中です 三成→幸村
2 ↑の蛇足部分 政宗武蔵幸村の3トリオ
3 扉を開け手に入れたすべてを置いて出て行こう 武蔵と幸村
4 空回る無器用さもあなたはほほえむから 三成→幸村
5 霞んでしまう 零れてしまいそうなブルー 武蔵と幸村
年下の男に告白をする、と、この人はどんな思いでそれを決断したのだろうか。プライドが高い彼が、一つとは言え年下の(いや、高校生にとって、一つ違いというのは大きな差なのだ優越感なのだ)、同性の、それも己よりも背が高い男に、好きだ付き合ってくれ、と伝えることが、この人にとっていかに屈辱的か、それを想像するだけで幸村は申し訳なさで胸がいっぱいになってしまった。夕陽を背負った彼は、けれども夕陽のせいにできないぐらいに顔を赤くして、顔を俯けている。体育館裏なんてベタな場所に呼び出されて、幸村もとうとう決意しなければならなかった。
「好きだ付き合ってくれ。」
何度も練習したのだろうか。それにしては、あまりにも棒読みだったし、しどろもどろだったし、拙かったし。良いところがまるでなかった。壇上で饒舌に、会長の前座を務めるあの先輩と同一人物だとは、一般の生徒は誰も思うまい。
けれど幸村は、彼がいかに不器用な人間か、プライドの高い人間か、人とのふれあいに怯え敬遠し、それでも人の精神の美しさを心の底から信じている人間か、十分に知っていた。
「わたしも、あなたのことが すき です。」
三成は顔を上げた。目の合ったその気まずさを、幸村は曖昧に笑って誤魔化してしまった。期待のこもった目を向けられて、幸村の胸はいよいよ苦しくなってきた。同じように己に想いを告げてくれた人の言葉を、あの時はばっさりと斬り捨ててしまったのに、幸村は彼との拙い絆が切れてしまうことを、往生際悪くもおそれていた。いいや、比較する相手が悪いか。この人が特別繊細にできているわけではなく、あちらがあまりに図太すぎるせいだ。
「けれど、」
三成の目に不穏な影が落ちる。幸村は、彼の表情の変化があまりに予想通り過ぎて、この場から逃げ出したくなってしまった。幸村は言葉を続ける。
「けれど、あなたとわたしの"すき"は同じものではありません。わたしは、一生、恋を知ることができないでしょう。ですから、あなたが求めるものが何なのか、わたしは一生、知ることができないのです。」
そこまで聞いて今にも走り出しそうな三成を、幸村は引き止めるように彼の手を両手で握り締めた。三成は思わず身体をびくりと震わせた。幸村はその振動をしっかりと感じ取ったが、直視することが出来ず、握り締めている彼の両の手に視線を落とした。乞いを求めているのは、想いを押し付けているのは、むしろ幸村の方だ。幸村は彼の優しさに縋り付いて駄々を捏ねているに過ぎない。こんな、彼の想いを利用して、彼の己に向ける特別を過信して、彼の気持ちに自惚れて。ひどい奴よのぅ。そう己を罵りながら、それでも愛しいと言ってくれた男の声が、ふいに蘇ってきた。この人は、怒るだろうか。怒られるのはいいが、嫌われたくはなかった。幸村がすきだと言った想いに、何の偽りもないのだ。
「わたしとあなたの想いが繋がることはないけれど、それでもわたしは、あなたの隣りが すき です。だから、どうか時々は、あなたの隣りに立つことを、許してくれませんか?」
けれど三成は、幸村に返答をすることなく、彼の体温に包まれていた手を振り払い、その場から走り去ってしまった。幸村はその後ろ姿が見えなくなってからしばらくはその場に立ち尽くしていたが、繋がっていた手を見下ろしながら深々と溜め息を吐き、帰路に着いたのだった。
−−−−−−−−−−
政宗が帰宅をすると、既に同居人が帰っているにも関わらず、家の電気は消えていた。割と気分の起伏の激しい同居人のテンションがだだ下がりなのだろうと見当をつけ、政宗は靴を脱ぎながらまずは玄関の灯りを点した。既にそこに鎮座していた靴は、家に慌てて駆け込んできたことを想像させるに容易い格好で脱ぎ捨てられており、政宗はそれを足先でちょいちょいと直しながら、溜め息を吐いた。廊下の先、リビングの扉は僅かに開いている。いつもなら、金具がスライドするかちゃり、という音を確かめなければ部屋の中央にも進めない男なのだが、思い通りにならない感情は、そんないつもの癖すら無意味にしてしまうらしい。
玄関同様に真っ暗なリビングにスイッチを入れる。大概、落ちている時は部屋の隅で丸くなっていることが多い。想像に違わず、彼はテレビの横の僅かなスペースに体操座りをしていた。顔は膝頭に押し付けられており、寝ているのかぼんやりしているのか、政宗からは分からない。着替えていない彼は制服のままだ。放り投げられた鞄は、中身を辺りに撒き散らしていた。皺になって大変なんです!明日の朝にはそう言って、大急ぎでアイロンをかけるんだろうな、と政宗はぼんやりと思った。
政宗はそんな同居人の前を、ああまたか、という気分で通り過ぎ、冷蔵庫の中身を確認し、流しを確認し、ダメ押しにゴミ箱まで確認した。やはりと言おうか、夕食を摂った形跡はない。
「三成さんに、こくはくされました。」
唐突に、同居人、もとい、幸村は声を発した。言い慣れない"告白"の発音が、どこか片言に聞こえた。政宗はふぅんと鼻を鳴らしながら、冷蔵庫の中の水をコップに注ぐ。
「わしの時は、そのように悩んではおらなんだのにのぅ。」
「だって、あなたはわたしがどんな返答をするのか、全部知っていたでしょう。けれど、三成さんは何も知らなかった。想像していたイエス・ノーのどちらにもわたしの返答は当てはまらなかった。ああいう場面での想定外は、不必要にあの人を傷付けてしまったことでしょう。」
幸村はむくりと顔を上げ、わたしにも一杯ください、とのたのたとした声で言った。入れてやっても良いが、こっちまで来い、と政宗が言えば、じゃあいいです、と幸村は再び顔を伏せてしまった。政宗は使ったコップを流しに置き、ソファへと移動した。腰掛ければ、丁度幸村と向かい合う形になる。
「殊勝な狐よの。傷付くだけの繊細さが、あの男にあるものか。まあ、メンタル面は弱そうなツラをしておるが。」
「あの人はあなたより、うん万倍繊細なんです。」
「知っておって、手加減せなんだそなたが悪い。」
「だって、わたしはあの人が すき なんですから、仕方がないじゃないですか。ああでも、本当に傷付けてしまった。嫌われただろうな、嫌われるぐらいな、あんなひどいこと言って、傷付けなければよかった。」
ぐすぐすと幸村は鼻をすすった。すすっただけで、実際は涙など出ていない。泣きたい泣きたい、苦しいのでわたしちょっと泣きますね見ないで下さいよ。そう言いながら、幸村は一度とて泣けなかった。幸村の涙腺の頑丈さは、彼を思いのほか苦しめていたことを、政宗は知っている。
「だが、そなたは明日もあの狐と顔を合わせ、変わることなく笑いかけるのだろう。」
「ええそうですよ、性分ですから。わたしの意志どうこうでは、どうしても変わりません。ああ、なんて嫌な人間なんでしょう!」
今日は呑みます、止めても無駄ですよ!と幸村は泣き声を作った。政宗は制服の上着を脱ぎ、ネクタイを緩めながら、器用な男だ、とつい感心してしまう。酒に溺れるには、未成年である自分たちには、まだもう少し早い話だ。
「誰が?」
「何がですか。」
「"嫌な人間"」
幸村はバッと顔を上げ、叩きつけるように言葉を発した。
「わたしと、わたしの言葉をすんなり理解できるあなたがです!」
そうか、と適当に相槌を打ちつつ、政宗は幸村に近寄り、彼の腕を強引に持ち上げた。何ですか、と剣呑な視線を向ける幸村に、飯、食いに行くぞ、と彼を立ち上がらせようとする。反論しようとした幸村だが、タイミングよく鳴った腹の虫のせいで、これまた強引に部屋へと押し込められ着替えを強制させられた。ああ、ズボンの膝の辺りが皺に…と呟きが聞こえ、政宗は何度目かの溜め息をついた。
ちなみに、適当に入ったファミリーレストランに、偶然にも三成たちが居り、何とも言えぬ微妙な空気を味わったことは、蛇足である。
***
現代パラレルにする必要あるのか、途中で気付きました。色々どうでもいい設定があるんですが、うん、まあどうでもいい設定なので。あ、あえてうちの学パラはかねっつが生徒会長、みっちゃんが副です。で、幸村と仲良しなのは、武蔵と伊達さんです。三人は仲良し!宗茂さんや秀包さんも同じクラスです。伊達さんは、クラス違う設定。むしろ学校自体が違う設定。徳川さんところの学校と、豊臣さんところの学校があります、多分、おそらく。
それにしても、無駄になっが!体操座り幸村が書きたかっただけなのに(ちょ、おま)
06/08
驚異的な回復を見せた幸村は、部屋のドア一つ一つを丹念に閉め、家の鍵を、これまた丁寧というよりは、一種の執着を感じさせる動作でゆっくりと捻った。政宗はその様を無感動に眺める。この男のひどい所は、感情の整理が異様に早いことではないだろうか。先程までぐずぐずしていた名残が、彼の動作のどこからも感じられない。やり遂げた顔をして、丁寧と言うよりはねとりとした擬音がいっそ相応しい、その動作で鍵を引き抜く。金属の擦れる小さな音に、ふわりと幸村は微笑んだ。余韻にひたっている幸村に、政宗は乱暴に、行くぞ、と言葉を投げ付けた。段々と春へと向かっている季節ではあるが、夜はやはり冷える。無為に外に突っ立っていられるほど、政宗はロマンチストではないのだ。
「下で武蔵が待っているぞ。」
「ということは、今日は政宗さんの奢りですか?」
「……。」
幸村の問いには答えずに、政宗はさっさと歩き出した。出不精の武蔵を外に誘い出す文句は、そう多くはない。幸村が着替えている間に武蔵に連絡を取った政宗はその会話を思い出し、つい苦笑した。
『夕食はまだじゃろう?今から来い。ファミレスに行くぞ。』
『いや、面倒。』
『わしの奢りじゃ。』
『なら行く。』
短い会話だが、武蔵という男の片鱗が垣間見える数秒であった。
マンションの入り口で合流した武蔵は、政宗が思わず身震いをする程に薄着であった。まだ上着が片付けられない政宗と、上着の世話になる機会があまりない武蔵である。幸村と言えば、見慣れているのか、視覚から取り入れられる情報が感覚に直結しないのか、ああ悪いことをしたな武蔵、と軽く手を上げていた。
「夕食の準備中だったのではないか?」
「まあ、真っ最中だったけどな。」
「どうせ政宗さんが無理を言ったんだろう。すまない。」
「いいって。明日の朝食えばいい。」
政宗の後ろで、そんな会話が繰り広げられる。三人の薄っぺらな友情は特異な距離を持っており、傍目にはあまり仲の良さそうに見えない。だが、三人は、三人で居ることを至極気に入っていたから、三人が集まるという状況はちょくちょく作られた。それは政宗の傲慢さが可愛げに見えるようになったり、幸村の人との壁が曖昧になったりするからだろう。武蔵の人懐っこさと、それに似合わぬ出不精の差が生む矛盾も、二人が一緒に居るということで壊してしまうことができた。三人は、互いに利用し合う今の状況が好きなのだ。
マンションから程近いファミリーレストランの入り口をまたぎ、店員の「三名様で」?の言葉に頷いていると、背後で幸村の息を飲む音が聞こえた。動揺を、飲み込もうとして失敗してしまった音だ。政宗が気付いた程だ、当然武蔵も、幸村の動揺を感じ取った。無意識に幸村の視線の先を見、武蔵は気の抜けた声で、「あ、」と短く息を吐いた。
この時ほど、偶然というタイミングの緻密さに嫌気が差したことはない。三成が、兼続や左近、慶次と共に同じ店に来ていた、など、誰が予想するだろう。こちらは近場の店だが、あちらは違うはずだ。まったく、どんな偶然だ、嫌がらせだ!政宗は内心毒づきながらも、冷静な判断を下す。三成が居るということは、あちらの席は禁煙席に違いない。少々不快だが、「喫煙席で、」と不機嫌そうに告げれば、淡々とした店員の声が、「生憎、禁煙席しか空いておりませんが、お待ちになりますか?」とのたまう。盛大な舌打ちに、店員は眉を顰めた。慣れているのだろう、怯えと言ったものよりも、仕方ねぇだろ満席なんだから、と言いたげである。政宗はどうしたものか、と、幸村を振り返ろうとしたのだが、それよりも先に、幸村が進み出、「それで構いません、あちらの空いている席ですよね?」とさっさと席へ向かって歩き出してしまった。それに武蔵も続くが、歩きながらも幸村の背を突き、「いいのか?」と訊ねている。武蔵には何も伝えてはいないが(それ以前に、自分たちの間に事細かな報告の義務はない)、幸村の空気を感じ取ったらしい。あの時の幸村の動揺は、それほどまでに露骨だったのだ。武蔵の気遣いに幸村はからからと笑いながら、「大丈夫だ、」と頷いた。ああ、ぐずぐずしていた空気が、僅かに感じられた。
席へと向かう途中、彼らの席の横を通り過ぎた。当然、あちら側も気付いてしまった。三成はさっさと顔を背けている。幸村は、いっそ三成が憐れに感じられる程、いつもと変わらぬ様子で、「奇遇ですね。」と声を掛けて彼らから離れて行った。あちらはあちらで、三成から何か聞いているのだろう、必要以上に引き止めることはしなかった。不幸中の幸いは、彼らが座っていた席は四人掛のテーブルで、幸村たちとの相席を自然な形でスルーすることができたことだろうか。普通に食事をしていても、互いの視界にちらちらと相手の姿が映る時点で、あまり幸いとは言えなかったが。
***
尻切れ。。続きは書けたら書きます。
ちなみに、頼んだものは、
武蔵→がっつり肉系のセット。奢りだからな!
政宗→パスタ。夕食の量は少なめなので、一品でお腹いっぱい。
幸村→食欲がありませんと言いながら、ケーキとパフェを。
淡々とパフェを消化する幸村なので、絵的には別に可愛くはない。
食べてる最中、武蔵と幸村は食べさし合っこしてると思う。「あ、それうまそう。」「……。」(無言でスプーンを差し出す幸村)もぐもぐ「あっま!」「そうか?」「ほれ、お返し。」(ステーキの一片を箸で摘んでる武蔵)「……。」(やっぱり無言でそれを食べる幸村)もぐもぐ。「…一口、大きくないか?」「普通だろ。どうだった?」「…政宗さんが作った方がおいしい。」「だろうなあ。」政宗溜め息。で、はいあーんをし合ってる二人を、うっかり見ちゃう三成(不憫)そんな三成に気付いてて幸村の迂闊さに同情しつつも、政宗は政宗で、これ食ってくれと言わんばかりにフォークに刺したきのことかそこら辺のものを無言で差し出す。幸村は当然の顔をしてそれを食べる。
多分、続き書くとしたらそんな感じになります。ぐだぐだだね、私。
06/09
幸村は、その葛藤の末、このような行動をとる武蔵の衝動は理解できなかったが、その葛藤のおそろしさを、彼同様に十分に理解していた。理解していた、というよりも、幸村もまた、武蔵と同じように、その葛藤に怯え嫌悪し、常にその悪夢から抜け出そうと必死に手をばたつかせていた。ただ、外へ外へとその恐怖を吐き出そうとする武蔵とは反対に、幸村は内へ内へと、どうにか取り込もうとしている節があり、その部分では、どうあってもお互いが分かり合えることはなかった。
幸村は己に触れている熱に気付いた瞬間、何を思うでもなく、嗚呼、と心の中で呻いた。条件反射と言ってもいいかもしれない。嗚呼、嗚呼、と呻いていると、その様のあまりに演技染みた滑稽さを、外の目で眺められるような気がするせいだろうか。
ごめん、ごめん、と繰り返し、絞り出すように呟かれる言葉に、もう一度、嗚呼、と心の中で呻いた。幸村自身、この事態に全く動揺していない事実に驚いていた。もっと、不快に感じるものだと思っていた、のに。
圧し掛かっている武蔵の体温を体重を、触れた箇所が敏感に感じ取っている。
「くるしいのか。」
確認と言ってもいい。武蔵の世界には、今だけは幸村しか存在していない。彼が幸村に縋るのは、当然とも言えるし不毛とも言えた。幸村は彼の苦しみに共感できても、助けることはできないのだ。助かる方法など、幸村が教えて欲しいぐらいだ。きっと武蔵も、そんな簡単なことを知っているだろう。幸村も、彼と同じ、助けて欲しい側の人間なのだ。けれども、今この瞬間、この世界には武蔵と幸村しか存在していなくて、助けてくれないと分かっていながら、縋る相手は幸村しかいないのだ、と。その現実が脳内をすっと支配した瞬間、幸村は目の前の男のみじめさにようやく気付いた。そうしてまた、幸村も彼と同じみじめさを抱えているのだと理解した途端、武蔵を襲っている葛藤が、幸村にも伝染した。
「くるしいのか。」
武蔵の声だ。幸村はこくりと頷いて、己に覆い被さっている男の首に腕を回した。
「くるしい。」
「くるしい。」
「どうして、」
「かなしい。」
つたない言葉を吐き出していると、いっそう心に不安が広がった。嗚呼、嗚呼。呻いたところで、助かるわけはないのに。
夜の闇のねとりとした粘度を好んだ二人は、豆電球の光すら拒んだ。暗闇の中、互いの影すら、目の錯覚にしてしまえそうだった。もちろん、互いの表情などは見えない。見えなくとも、心の中を支配している葛藤は、世界の誰よりも二人は二人のことを理解していた。
二人は、その葛藤が一過性のものであると信じていた。互いにそれを口にしたわけではなかったが、二人は同じ認識をし、無条件にそれを信じていた。その根拠のない信頼は、いっそ信仰に似ていた。
若さ故の葛藤は未熟であるからこそ、その情報量を始末できず持て余しているのだ。成熟すれば、大人になれば。それは希望的な観測でしかないはずなのに、やはり二人は、その神話を妄信していた。どうしようどうしよう、いま己はなにをすればいい?なにを考えればいい?どう処理したらいい?この一過性の魔物は、いつまでここに居座るのだろう?
武蔵が大きな体と強い腕力を活かして、幸村の体をぐいと起こした。けれど幸村の質量を受け止めきれず、武蔵は尻をついた。幸村も同じようなものだ。臀部に伝わる、幸村の体温で暖まった布団の温度が妙に生々しい。幸村はその嫌悪を考えたくなくて、ぐ、と武蔵の首に回している腕に力を込め、互いの体を密着させた。酸化してしまう、ああ、いやだ。二人の間を行き来する空気を追い出してしまいたかった。武蔵は幸村の肩に顔を押し付ける。人の生温い温度とは違う、あついあつい熱の塊が、肩にじわりと広がった。泣いているのか、とぼんやりと思った。泣いたってこの葛藤の足が速くなるわけじゃないのに、と、無駄な労力を使おうとする武蔵を『可哀相』だと思ったが、武蔵もまた、どんなに苦しくても泣くことができない幸村を『可哀相』だと思った。
そうやって、互いの葛藤を理解しながら、互いの衝動は分かり合えないまま、二人は抱き合って夜を明かした。『溶けてしまえばいいのに。』と二人はぼんやりと思ったが、それはこの闇にであり、空気にであり、温度である。互いに交じり合いたいとは思ったことはなかった。二人が溶け合っても同じ葛藤が続いていくだけだと、二人は知っていたのだ。
--------------------------------------------------
幸村は頬杖をつきながら、ぼんやりと武蔵の横顔を眺めた。当の本人は、面白くもないテレビを、まるで己の義務か使命のように見つめている。
懐かしい事を思い出したものだ。後にも先にも、お互いに縋り合ったのはあの日だけだ。お互いの無様さを平等にさらし合ったのは。あの日から少しだけ歳をとり、少しだけ情報を処理できる量が増えて、あんな風に取り乱すことも少なくなってきている。
幸村は、いつもの癖で、嗚呼、と心の中で呻いた。もやもやとしたものを抱えている時、今の感情を言葉にして処理したくない時、したくても出来ない時、そういった時に吐き出されるようになった、単純且つ発しやすい音は、幸村の心を軽くしたり重くしたり、悪化させたり軽減してくれたりする。けれども大半は、何の効果もない、己が短い二文字を心の中で発した事実だけが残る場合がほとんどだ。今回も、それだろう。
「早くお前に"特別な人"が出来ればいいな。」
声がいささかこもってしまったのは、手に顎を乗せているからだろう。けれども、テレビを見ることに義務を感じていた男は、さっさとその義務を放り出してしまった。幸村にくるりと顔を向け、なに言ってんだよ、と指を差して笑っている。愛想笑いの色が強い幸村とは反対に、武蔵の笑みは笑顔!の模範解答に思えた。
「それを言うなら、さっさと政宗が、お前の特別になっちまえばいいのに。」
幸村はふ、ふ、と笑いながら、難しいなあ、とテレビのリモコンを弄くった。武蔵は突然の幸村の反乱に、そのリモコンを奪いながら、ああ難しい、と相槌を打ったのだった。
***
武蔵と忠利、ダテサナの布石、とか言ってみる。けど、多分そこまで書かない。書けない。うちの二人は、慰め合うことも、救い合うこともできない、です。
06/11
三成は、手許の資料に視線を落とすふりをしながら、ちらりと正面に座る男を見た。男は、三成が与えた、地味で単調な作業を黙々と続けている。幸村は生徒会役員ではないが、人員不足気味な生徒会を思ってか、時々手伝いに来ている。それは、三成が彼に想いを告げても変わらなかった。幸村の中の三成の意識は、三成が感じる限り、何も変わっていない。ならば、己の覚悟は何だったのだろう。この男に嫌われるかもしれない、もう一生口すら聞いてくれないかもしれない。そんな不安と期待を抱え、一世一代の告白をしたにも関わらず、変化がない、とは。ひどいヤツだ、と三成は思う。幸村以外に、俺をこんなにもみじめにさせたヤツなどいないだろう。幸村の答えは、応でも否でもなかった。お友達でいましょう。という答えであれば、それは遠回しな否だし、じゃあ一緒に帰るところから、交換日記から、となれば、応の可能性が多大にある。だが、幸村はそのどちらでもなかった。みじめとは、このような気持ちを言うのだな、と三成は人生で初めて、その感情を知った。
『あの子を見ていると、ふと無償の愛、なんて陳腐な言葉が頭を過ぎるよ。言葉はこの上なく うつくしく 響くが、リアルはそんなに うつくしい ものではないな。』
全てを見透かした目で、兼続はそう言った。元々秘密を作れない三成は、かなり深い部分まで、兼続に依存していた。幸村への想いは、兼続には筒抜けであった。兼続は果断の末の結末を三成の表情で覚り、まるで諭すように言葉を続けた。彼の表情は、あくまで同情的だった。
『見返りのない愛は、当人よりも、その愛を向けられた人間の方が、おそろしく感じてしまうだろうなあ。お前は、お前と同等の想いを己にもぶつけて欲しくて想いを告げたのだろうしなあ。お前は、対等な恋がしたいのだろうに。』
今思えば、好き勝手を言うものだ、と思うことが出来るが、気が動転していたあの時は、兼続の言葉に一々頷いていた。己の一番の理解者は兼続である!と無駄に感動してしまった。だが事実として、兼続はどんなに親しい人間であっても、客観的にしか物事を見つめられないからこその言葉であったのだ。
気付けば、幸村が単調な作業で作り上げている、ホッチキスで止められた書類の束は結構な量になり、作業にも終わりが見え始めていた。この作業が終わったら、幸村は迷いもなく帰ってしまうのだろう。三成は、それが無性にかなしかった。理由がなくとも共に居ることができる恋人という関係に、つい焦がれてしまった。理由など作ろうと思えばどれだけでも作ることが出来たが、三成はその作業に空しさを感じていたのだ。
「あの、わたし、何か間違えてますか?」
三成の視線に気付いたのか、幸村は手を止め顔を上げた。三成は取り繕うように、いいや、と彼の言葉を否定しながら、さっと顔をそむけた。幸村の手の動きが、焼き付いて離れない。あの手に無遠慮に触れられる関係に、三成はなりたかったのだ、なりたい、のだ。
幸村は、三成の言葉を追求することはなかった。それならいいんですが、と言葉尻を濁し視線を落としながら、もうそろそろ終わりそうですけど、他にお手伝いすることはありますか?とホッチキスを止める音を響かせながら訊ねた。違う机の上には、クラスごとに配布するプリントの仕分待ちの紙束が山と積まれていた。あれを、理由にすればいい。簡単なことだ。三成は顔をそらしたまま、次は、と腰を上げる。幸村もまた、紙束の山に気付いたようで、あれですね、と指を差した。
「お前はなにを考えている?」
え?と振り返った幸村の目が、三成のそれとかち合う。その目に偽りはなく、本当に三成が何を言いたいのか分かっていないようだった。狭い生徒会室に、己に想いを寄せている人間と二人きりで押し込められていて、この男は何も思わないのだろうか。
「もっと警戒心を持たなくていいのか。俺がどんな目でお前を見ているのか、お前は知っているだろう。」
曖昧に、幸村は笑った。分かっているのか、分かっていないのか、分かっていながら知らん顔をしているのか。もしかしたら、案外、本当に分かっていないのかもしれない、知らないのかもしれない。男の劣情が、同じ男でありながら、幸村には無縁のものでしかないのかもしれない。
「先程からずっと思っていたんですが、三成さんの指ってきれいですね。茶道をやってみえるからでしょうか。プリントをめくる動作もきれいです。」
話題を変えたかったのか、幸村は能天気にそう言って、男の人にきれいってちょっとおかしいですかね、と笑った。控えめな笑顔を見た瞬間、三成は行動を起こしていた。お互いを隔てる机の上に体を乗せ、幸村の手をさっと掴んだ。驚いている幸村など、もう目に入らない。そのまま、幸村が
きれい と褒めた指を、幸村の指と指の間に絡める。ぐ、と力を込め、別の意図を持って、蠢き出そうと三成の指が、幸村の手首を這った、まさにその瞬間だ。
「三成さん。」
と、先程と変わらぬ声のトーンで、幸村が名を呼んだ。ただそれだけのことであったのに、三成は、彼がわざとこの空気を四散させる為だけに、己の名を呼んだのだと思った。結界を破るように、幸村は己の名をまじないに使ったのだ。なんて卑劣な、卑怯な男だろう。しかしそんな罵りは長くは続かなかった。何より正気を取り戻した三成は、すぐに幸村の手を離してしまったからだ。
「、ない、」
「はい?」
「お前に手伝ってもらう仕事、もうない。さっさと帰ってくれ、早く、ほら早く!」
三成は机の上に散らばっている、完成済みと未完の彼の作品をがさがさと混ぜ合わせながら、幸村から目をそらした。早く、早くしろ!何度そう怒鳴っただろう。根負けした幸村が、では失礼します、といっそ三成の激情が滑稽に見えるほど落ち着いた様子で立ち上がった。鞄を肩にかけながら、また手伝うことが出来ましたら、声、かけてくださいね、と言い残して去って行った。あの男は、己をどれだけみじめにさせれば気がすむのだろうか!三成はぶつけ所を見つけられず、机の上の散らばったプリントを、がさがさと掻き回すのだった。
***
指先はえろす。(…)
みっちゃんはいつも必死です。
06/12
「なにしてんだよ。」
聞き慣れた声に、幸村は咄嗟に身じろぎをした。キィ、とブランコの鎖が軋んだ。錆の目立つその部分を握り締めていた己の手の平の惨状を思い、幸村は少しだけげんなりした。鉄の錆びついたにおいは、果たして血と同じかおりだろうか。
「聞いてんのか?幸村?」
聞いてる、と心の中だけで返事をして、幸村はのそりと顔を上げた。武蔵の不機嫌そうに顰められた顔に、幸村は言いようのない安堵を覚えた。
「政宗から連絡があってよぅ、帰れない日に限って、お前と連絡が取れねぇって。」
「ケータイは、」
「お前、今日学校で、家に忘れてきたって言ってたじゃねぇか。」
え、と思って制服のポケットに手を突っ込んでも、その先に硬質な手触りはない。きっとベッドが机の上で、一人ぶるぶると震えていることだろう。いいなあ、ずるいなあ、とぼんやりとこぼした。よくねぇし、ずるくもねぇよ。武蔵が幸村の独り言に割り込む。
「それで、政宗さんは何て?」
「嫌な予感がするって俺にお前のこと押し付けやがって。こんなとこで何してんだよ、補導されるぞ。」
幸村は己の格好を眺め、ため息を吐き出した。だって仕方がないじゃないか、わたしは、帰ることすら出来なかったのだから。
「なあ、ヘコむぐらいなら、副会長に付きまとうのやめたら?」
「無理だろう。わたしは、あの人のことが好きなんだし。」
「DVにあってる女も、ニュースで同じようなこと言ってたぞ。」
「わたしは女でなければ、DVにもあってない。」
同じだろ。どこが?
武蔵は呆れたように息を吐き出す。幸村は、いくら武蔵であっても、幸村が彼に抱える感情を理解できないことは分かっていた。好きだけど、好きだから、わたしは彼の一挙手一投足に傷をえぐられるんだ。
「で、今度はどうしたんだよ。何されたんだよ?」
「抱き寄せられて、キスされて、危うくそのまま本番に突入するところだった。」
うわぁ、とのっそりとした感嘆詞を吐き出した武蔵を、幸村は冷静に観察した。彼にしてみれば、同性に、そういった目的で抱き寄せられたところから、既に拒絶反応が出ていることだろう。わたしだって、相手が三成さんでなければ、こんな汚らしい言葉をお前に伝えはしない。事実だけを語ろうとすれば、それはいっそ忌々しいほどに安易で安直で陳腐な言葉になってしまった。
「それで、死に物狂いで逃げてきたのか。」
幸村はブランコの鎖を握り締めていた手を離し、錆臭い手の平で顔を覆った。ああ、ああ、と呻く彼を、武蔵はただ見下ろすことしかしない。
「傷つけてしまった、ああ、ああ、嗚呼!ひどい、ことを、わたしは、なんてひどいことを、」
どれ程そうしていたことだろう、空には既に月が輝いている。オレンジに染まっていた空が、既に濁った夜色を纏っていた。
唐突に、それは唐突と表現する以外見つからない程に、突然に、幸村はむくりと顔を上げた。その顔には先程の絶望は見受けられない。いいや、街灯すらおぼろな公園に、相手の表情すら窺えるような精度の高い照明などはない。武蔵は彼がひどく落ちた後の、呆気ない立ち直りを知っているだけなのだ。
「もういいか?」
「ああ、お腹も空いたし。」
「何か奢れよな。」
「じゃあ食べていけばいい。」
「政宗、帰ってたりして。」
「家のごたごたがあったんだろう。政宗さんが帰れないと言ったのなら、間違いなく今日は帰れない。」
へぇ、と気のない返事に、幸村はそこで会話を止めた。間延びした距離は、幸村にとっても武蔵にとっても心地良かった。
「最近、」
「ん?」
「妙に機嫌がいいな。」
誰が?お前が。
幸村が武蔵を指差せば、そうかなあ、と考える素振り。だってわたしの気分にも付き合ってくれるし、ケータイでちゃんと連絡を取るようになったし、何より、あまりイライラしなくなった、ように感じる。けれど幸村はその一つ一つを指摘せず、何となく、そう思っただけだ、と理由をぼかした。
「最近、知り合いができたんだ。」
珍しい、と幸村は目を見開く。この男が"知り合い"という単語を使うところを、初めて聞いたのではないだろうか。元々、幸村同様の引きこもり体質なのだ。
「何か、合うっていうのか?そんな感じで。悪くない。」
「わたしも、一度会ってみたいものだな。」
武蔵は突然足を止めて、とんでもない!と手を振った。幸村はその行動の理由を彼の口から飛び出すのを待った。幸村とは違い、不可解な行動を取った際の弁明が見事なのだ。
「だって、お前ら、絶対合わないだろうよ。」
その通告に幸村の熱は急速に冷め、それなら、やめておく、機会が巡ってこないことを祈っている、と武蔵が歩き出すよりも早く、一歩を踏み出したのだった。
***
武蔵の知り合いってのは、小次郎です。多分、この幸村とはどう頑張っても合わない。
06/25