秀次×信繁
後藤又兵衛×信繁
家康×信繁






























※秀次さまが風邪ひいてるよ!


 秀次はゆっくりと襖が敷居をすべる音にみじろぎをした。特別気配に聡いわけではなく、眼が冴えてしまっているからだ。身体は未だだるさが残っているが、一寝入りしたら熱は引いていったようで、寝転がっているには少々退屈だ。誰か来ぬものか、と格好ばかりは眠っている風を装って、ぼんやりと待ちぼうけていた。そこに、中に居る秀次を気遣ってだろう、極力物音を立てぬように、何者かが静かに入室した。
 秀次は本当は、その何者かが己に近付いてきたら、布団を跳ね除けて驚かしてやるつもりだったのだ。だがしかし、秀次が仕掛けようとしている間を封じるように、あっと言う間に誰かの手が秀次の頬を撫でた。ぬるまった布団に包まれている秀次に、その手はひやりと心地良かった。夜の清涼な空気に撫でられたような、あまりにも軽やかな手付きだった。そうして秀次が出鼻を挫かれたことなど全く知らぬその侵入者は、どうやら秀次の顔を覗き込んでいたらしい。安堵の息が秀次の顔にかかった。なまぬるい。だが不快を感じさせぬのは何故だろうか。

 秀次は我慢ができずに、薄っすらと目蓋を開けた。まず飛び込んできたのは、枕元に置かれた提灯の光だ。真っ暗闇の中に佇んでいた秀次にとっては、些細な光源も眩く感じられた。二度三度目を瞬かせ、眼が慣れてくるのを待つ。次に、秀次の隣りで忙しなく動く人影の輪郭をぼんやりと眺める。淡い光の下では、身体の線すら曖昧にしてしまっている。そこにいるのだろう、気配も確かにある、空気の振動も感じられる。それなのに、視覚に頼ると、そこに存在するはずの人間も姿すらおぼろげになってしまう。おそらく身体があるだろう線を眼が追う。おぼろげな輪郭から、ぼぅと青白く浮かび上がっているものがあった。手、だ。手首から指先が、肌を露出している部分だけがやけに鮮明に映る。その手がくねくねとうねり、指先が繊細な動きを見せる。僅かな光を受けて、輪郭がぼんやりと浮かび上がっている。白い白い、手である。幽鬼のような妖しさと冷たさを感じさせながら、節や手の平の淵が薄紅色のささやかな生気を放っている。今にも折れてしまいそうな果敢なさだ。その手が指が、誘うようにゆらゆらと揺れている。いや違う、あれはおれの着物をたたんでいるのだ、いいやいいや!あれはそうしている振りをして、おれを誘っているのだ。いや、どれも違う。あれは、ああ誰であろうか。

 秀次はむくりと起き上がり、浮かび上がっている手首をがしりと握り込み、強引に布団に引き摺り込んだ。抵抗はない。と言うよりは、予想だにしていなかった分、対応が遅れたのだろう。

「秀次さま?」

 聞き覚えのある声に、秀次もようやくこの人間が誰なのかを覚った。思考が鈍る。馬乗りの状態のまま、動きが固まってしまった。

「秀次さま。まだ寝ておりませんと、」
「‥信繁、」
「はい?」
「……背中が痛い。飽きた。」

 秀次は平静を装って彼の手首を解放し、畳の上にごろりと寝転がった。頬に触れたい草は、ひやりと冷たかった。





***
谷崎潤一郎さんの『 陰 翳 礼 讃 』の陰翳の美しさをどうにか文章化できないかなーと思ったので、書いてみました。
09/02/04






























 後藤又兵衛にとって、真田信繁との出会いは、決して劇的ではなかった。初めて顔を合わせたのは大坂城の廊下だが、互いに顔を確認しちらりと会釈してすれ違っただけだ。又兵衛は大野治長に呼ばれて先を急いでいたし、信繁はその治長と対談を終えたばかりのようで、早くその場から立ち去りたかったのだろう。互いに、ああ、あれが噂に名高き、と意識はしただろうが、印象を抱かせる程の何かがあったわけではなかった。



「不本意ながら、」

 そう口を開いたのは、毛利勝永である。ささやかな酒宴の最中、一滴も酒を呑まずに、場の酒臭さが我慢ならぬのか、袖で口元を押さえている。声音にも不機嫌さがにじみ出ており、とても酒宴の席とは思えぬ程だ。だが又兵衛はあえて気付かぬふりをして杯を乾すと、視線でその先を促した。

「あなたと信繁どのとの橋渡しを頼まれましたので、一つ、ご助言を差し上げたいと存じます。…必要でしょうか?」

 誰に、とは問わずとも又兵衛には分かった。又兵衛はつい苦笑してしまった。信繁とは、砦を築く際の言い合い以来、どこか疎遠である。だが互いに悪意を持っているわけでもなく、たまたま機会がなかっただけだ。この場にも信繁は出席していない。又兵衛は気軽に彼を酒宴に誘える程の気安さを持ってはいなかった。

「私個人の意見としましては、あなた方が一緒に居るともなりますと、とても不穏に映りますので、出来れば今の状態のままで居てほしいのですけれど」

 勝永はそうこぼして、大きくため息をついた。

「何が不穏よ。そなたこそ、真田どのと並んでおる時など、妖しき限りじゃ」
「何とまあ、色眼鏡も甚だしい。いやらしいことをおっしゃいますな」
「いやらしいとは何じゃ、失礼な」
「いやらしいお人をいやらしいと言って何か問題でも?ああちなみに、信繁どのは大の酒好きですので、私とこのような無益な言い合いをしているなら、その酒片手に寝所でも訪ねてはどうですか。まだ夜更けには早いですし、どうせかの人は一人ちびちびと酒を舐めていることでしょう。信繁どのが、こんな汚らわしいものを好きなのか、私には心底理解致しかねますがね!」

 勝永はそう言って、立ち上がり様、徳利を又兵衛に投げつけた。それを身体で受け止めることに気をとられてしまった又兵衛は、勝永を追いかけることが出来なくなってしまった。勝永は、こんな場所に長居などしたくはない!とでも言いたげに、不機嫌さを隠しもせず、どすどすとその場を後にしてしまった。これが軍議の席ならば咎められて当然だろうが、今は酒宴の最中、しかも周りには酔っ払いしかいない状態である。誰も彼の中座に気付きもしなかった。又兵衛はしばらく、徳利片手にその場に佇んでいたが、苦笑を浮かべて重い腰を上げた。行き先は言わずもがな、である。



※そんなこんながあって、信繁さんとちびちびお酒呑んでるよ!



「大殿はとても真田どののことを買っていらした」

 あ、大殿と言うのは、黒田官兵衛様のことだ、と又兵衛は己が言葉を補足した。信繁は酒をするりと飲み干して、スッと目を細めた。過去を振り返っているらしい。

「黒田さまとは確かに面識がありましたが…。そう買いかぶりなさる程、言葉を交わしてはおりませんでしたよ?」

 信繁は言って、己で満たした杯をぐいと勢いよく煽った。信繁の呑みっぷりは、普通ならば見ていて気持ちが良いものであるはずなのに、彼の所作を眺めていると、どうも酒を呑んでいる、という印象が薄い。まるで水をぐいぐいと飲み干しているような雰囲気である。それでいて、あの徳利の中身は、雪国の強い酒なのだ。

「大殿は一度だけ、酒に酔って仰られたのだ。真田信繁なる男は、竹中半兵衛に至極似ておる、と」
「それはそれは、光栄です。ですがわたしは、竹中さまのように無欲ではありませんから」
「そこが、」

 似ておるのよ、と又兵衛の脳裏に官兵衛の声が蘇る。官位にも禄にもなびかぬ男であった。そういった世俗のものの一切に興味が持てぬ代わりに、軍略だけは官兵衛がどれだけ知恵を振り絞っても勝てなかった。あれも、一つの欲であろう。いかに敵を罠にはめるか、味方を有利に導くか。そんなことばかりに才能の全てを注いでいた。また、彼は楽しんでいた、至上の悦びとしていた。官兵衛にとっての竹中半兵衛とは、そういう恐ろしい男だったのだ。

 信繁は、途切れた又兵衛の言葉の先を求めたりはしなかった。静かに又兵衛の表情を読み取り、そっと目を伏せた。又兵衛よりも多く酒を呑んでいるはずなのに、その目元は平時の冷静さそのものである。酔った名残すら、彼の表情には現れていない。

「…真田どのは、酒にお強いですな」
「酔っ払えぬ性分ゆえ、酒の相手にはつまらぬでしょう?」

 信繁はふふ、と笑いながら、意地悪な返しでしたね、すいません、と朗らかさすら感じさせる声音で囁いた。先程の意趣返しであろうか。今度は又兵衛が無言でその言葉を酒と共に飲み干す番だった。

「以前、勝永どのに訊かれました。なにゆえ、このような汚らわしい飲み物を好まれるのか、と。あの綺麗な顔を怒らせておられました。…実を言えば、少々般若のようでした」

 信繁はそこで話は終わらせた。くすくすと笑っていた。又兵衛がそれに同意してくれるものだと思ったのだろう。けれども又兵衛としては、彼が般若のような勝永にどんな言い訳をしたのか、気になってしまった。又兵衛はちらりと信繁の表情を覗き込みながら、「それで、真田どのは、どのように切り返されたのか」と訊ねた。信繁はそこを突かれると思っていなかったのか、一瞬、きょとんと目を丸くさせていたが、すぐに笑みをつくろった。柔和な、染み入るような、性質の悪い、人好きのする笑みである。

「酒は毒に似ておりましょう?ですから、飲み干さずにはいられぬのです」





***
二兵衛の話はいつかちゃんと書きたい、です。うん。
09/06/01






























幸村さんに、「駄犬が!」と言わせたくて妄想してみました。歴史IFの徳川陣営に幸村さんが加入した設定です。詳細はこちら。適任役が見つからなくって、とりあえず三成を罵倒してみた。



 幸村は立ち上がって、無様に畳の上に転がる人物を見下ろした。誰も見たことがない冷ややかな視線は、同席していた家康ですら、これがあの真田幸村だろうかと疑ってしまった程だった。三成は打たれた頬を押さえながら、上半身だけを起こして幸村を見上げた。痛みよりも、衝撃の方が勝っている。得意の毒舌も、唐突の出来事に鳴りを潜めている。

「我々は犬です。主の為だけに尽くす、犬畜生そのものです。ゆえに、感情はいりません。主への侮辱に激怒するのは良いことでしょう。ただし、己への罵倒は黙殺するものです。主の成すことに忠告はしても、疑問を抱いてはいけません。抱けぬ生き物でなければいけません」

 平坦な声だった。三成はぽかんと彼を見上げるほか、手段がない。予想外の出来事に、三成は弱かったのだ。

「絶対の主人と見定めた以上、主人には一心不乱に尻尾を振り、敵には分別なく吠え掛かる犬が好ましい。わたしはそうありたいですし、実際、そうあるべきだと思います」

「それをあなたは、何ですか。殿のお言葉一つで揺らぐ忠義など、見っとも無いにも程があります。この駄犬が。……いえ、失礼。それではお犬様に失礼と言うものです。あなたは犬にも劣るただの人に過ぎません」

 もうお帰り下さい、お話しすることはありません。反論も弁解も、それこそ文句の一つも受け付けぬ、ぴしゃりとした物言いに、三成は段々と顔を赤く染めた。清正たちとの罵詈雑言を言い合ったことはあっても、このように頭ごなしに罵られたことはないのだろう。無礼な!と一言だけ叫び声を上げて、乱れた裾もそのままに、どすどすと退室した。

 幸村はそれを無表情で眺めていたが、主の口から重いため息がこぼれた音に、ゆるゆると振り返った。後悔などしていないし、己が悪いとも思ってはいない。幸村が激情の持ち主であることを知っているのは、今のところ、家康ぐらいではなかろうか。穏やかで物腰の低い好青年の真田幸村も決して嘘ではないのだが、こと戦が絡むと別人になってしまうのだ。

「幸村くん」

 家康はそう呼びつけたものの、その先の言葉はなかった。聡明な君なら分かってくれるでしょう?と、嘆いている表情を見せた主に、ああ申し訳ないことをしてしまったなぁ、とようやく幸村の心にその思いが芽吹いた。と言っても、主の外聞もあるだろうに、例え訪れた使者が宣戦布告の為にやってきた、厄介者以外の何者でもない人物であっても、あのように無礼に追い返してしまっては、家康の名に傷がつきかねない、という懸念だけだった。その思考を読み取ったのか、家康はもう一度、「幸村くん」と呼んで、おいで、と正面に座るよう手招きをした。

「君には君の考えがあってのこと、僕もあまり怒りたくはないのだけれどね」
「重々、承知しております」
「僕は君たちを犬だと思ったことはないし、そう呼ぶつもりもない。僕はわがままかな?」
「はい、とても」
 そう?ごめんね、と家康は微笑んで、そっと幸村の手に、己の手を重ねた。ふくよかな家康の手に、骨ばった低体温の幸村の手は冷たかった。
「でもね、君がそう思っていることは、とても、とても悲しいことだね」
「はい、申し訳ありません」
 家康の悲痛な声とは裏腹に、いつもの調子で幸村は呟いた。きっと彼が己の思いに気付いてくれる日は来ないだろう、と覚った家康は、ただ淋しげに目を伏せるのだった。





***
この幸村さんは、徳川に下る時に、信繁から幸村に変えてます。兄上が捨てた幸をわたしが拾うてもよろしいでしょうか?とか家康さんに言ったと思う。
「幸村くん」「家康さん」と呼ぶ合う仲です(どんなだ)
09/11/01































関ヶ原周辺の歴史IFで画期的な対戦カードないかしら、と考えた結果。※日記のものそのままコピペしてます。


とりあえず、絶対にありえない組み合わせにしたい!と思ったのですが、うーんそれがそもそも難しい。家康様は外せないし、というか、家康と幸村がお仲間ってのが見たい、んです、が。真田家がまるっと徳川さん家、っていうのじゃなくって、真田兄弟VS昌幸さんっていう構図は新鮮かな。あと、脅しとか、腹に一物抱えて、とかじゃなくって、ちゃんとした主従、というか、信頼関係が家康と幸村の間であるとすごく嬉しい、私が。関係としては主従なんだけど、二人の認識は同志だよ、っていうのが私の中では割と重要。

でもこのカード(…)だと、単純に、徳川家+豊臣武断派+幸村VS豊臣文吏派で、大して関ヶ原と変わらなくなっちゃうんだよなぁ。どうしても徳川家が強くなってしまう。家康とタメはれる存在は、信長様とか秀吉とかになっちゃうんだけど、うーん。


対戦相手が決まらないですが(…)、何となく、家康と幸村の性格とか考えてみたり。
とりあえず、家康は神君です。かみさまみたいに穏やかで優しくってほよほよしてて、懐が底が見えないぐらいに深い。アイドル通り越して、徳川家の神様。得意技は外交です。
幸村は、戦狂い。常に戦のことばっか考えてます。偏執狂。その執着が対人だったら、間違いなく変態です。というか、変態です。私は(こういう意味での)変態な幸村も愛せます。でも、それ以外のことに関しては無頓着なので、爽やかオーラは健在です。幸村さんの戦略の良し悪しは、面白いか否か、です。誰も予想できないことこそしでかしてやりたい願望がすごく強い。


…ここまで考えて、予想以上に二人以外に話が広がらないことに気付きました。というか、どう考えても、幸村×家康ですよね。難しいわぁ。
この二人、「幸村くん」「家康さん」って呼び合ってるに違いない(…)





***
09/10/08