その日は珍しく天気もよく、温かとした小春日和だった。半兵衛は大坂の本丸から僅かに離れた庵で養生している。若い頃の無茶が響いたのか毛利との戦を境に、一日のほとんどを布団の中で過ごさなければならなかった。小さな屋敷には彼の世話をする下女が数人いるだけで閑散としたものだが、本人は眠る環境に丁度良いと思っているらしく、秀吉が何度人を置くようにと話しても応とは言わなかった。

 そんな半兵衛ではあったが、今日は体調も良いらしく、珍しく秀吉の元に出仕している。久しぶりに訪れる城内は秀吉の人柄のおかげだろうか、活気に満ちていた。ただ、彼の背後にひっそりと佇む官兵衛は、いつもの葬式を何件もはしごしたような不景気面で、半兵衛などよりよっぽど病人らしい。この男は前々から顔色が悪いのだ。

 秀吉は二人の名軍師を従えて、兵の鍛錬場へと向かった。徳川との大戦を前に、兵の調練に余念がない。秀吉は彼らの手が止めるのを嫌がって、遠目でその様子を眺めている。勤勉な彼らの子飼いたちは、秀吉がその顔に笑みを刻むほどの働きぶりで、秀吉は始終満足そうに頷いていた。
 その中でも、やはりいっそう目を引くのは、清正・正則だろう。今は模擬戦をしているらしく、槍の扱いが周りとは違い場慣れしている。
 彼らの姿を微笑ましそうに眺めていた秀吉に、あっと、思わず上げてしまったらしい半兵衛の声が届いた。どうした、と半兵衛を振り返れば、身を乗り出して、あの子誰?と一人の人物を指差している。
「新入り?それにしては、あの気難しい清正も懐いてるよね?なにより三成があんな顔するなんて、っていうか、あんな顔出来たんだー、ホント可愛げないよねー秀吉さまも教育間違えたっていうか」
「半兵衛、目的を見失っているぞ」
 そのまま、一向に口を閉ざしそうにない半兵衛を見かねて、官兵衛は口を出す。無口な男だが、半兵衛が相手だと多少口数が増えるようだ。
「あー、うんうん分かってるよ、官兵衛どのはもっと会話を楽しんだ方がいいと思うんだけどなー。あの子だよ、あの子。あ、丁度今清正と正則に挟まれてる子だよ」
 秀吉も身を乗り出して、半兵衛の言う人物に目を凝らす。ああ!と手を打つ仕草は大袈裟だが、秀吉にはそういった過剰演出がよく似合っていた。
「幸村のことか。真田昌幸んとこの次男坊じゃ。あれは中々よく気が付くヤツでのぅ、皆にもよぅ溶けこんどるわ」
 へ〜幸村っていうの、と呟いたまま半兵衛は口を閉ざした。なんじゃ、何かあったのか?と秀吉が声をかけても、考え事で忙しいのか返答もない。集中力の高さは、他の音を遮断してしまうほどのものがある。それを知っている秀吉は彼からの返答を諦めて、子どもたちの様子へ再び視線を戻した。

 しばらくそうして沈黙していた半兵衛だが、決めた!とこちらも先の秀吉同様手を叩いた。秀吉が、何をじゃ?と振り返る。
「幸村を俺にください。俺の全てを、あれに叩き込んでやりますよ」
「…後継者育成は諦めたんじゃなかったか?」
「だって、三成だの清正だの、秀吉さまのお手がつきすぎてどうにもならないじゃないですか」





***
下地として、身体は弱ってるけど、よろよろ生きながらえてる半兵衛どのと、早い時期から人質として豊臣に送られた幸村(多分、小牧長久手の戦い辺り)の師弟話。いいんだ、同人だから、ねぇよ(笑)になったって矛盾してたって(…)

10/03/06