手取り川から、孟獲・祝融たちが帰還した。出立よりも引き連れている数が増えていた。幸村は趙雲からその報を聞き、今は怪我人を手当てする簡易テントに向かっている。人手が足りないのだ。聞けば、手取り川には呂布も着陣しており、一戦交えたらしい。一騎当千とはまさに彼の為にある言葉だ。
 歩きながら、幸村は趙雲の言葉を思い出していた。新たに加わることになった者というのは、幸村たちと同じ国の人間で、二刀流で。二刀流という流派はくせがあって万人が取得できるものではないが、かといって特別珍しいものでもない。幸村の知る中にも、二刀流と呼べる知り合いが数名居たが、幸村の中では既に確信があった。胸騒ぎがしてならない。趙雲からこの報告を聞くまで、これといった意識をしていなかったはずなのに、何故だか彼の姿が脳裏を過ぎった。彼、だろうか。いや、彼であろう。だったら、なんだというのだろうか。もう二度と顔を合わすことも、会話をすることもなければ、彼という存在を自分の中でなかったことにできるのか。

 テントの中には人が溢れていた。幸村は人をかき分けて奥へと進む。とりあえず、怪我人の管理を負っている月英と合流して、仕事を割り振ってもらえばいい。余程の重傷だったのだろうか、彼は最奥にいた。

「武蔵、」
 と、思わずいつもの癖で彼の名を呼んでしまってから、己の迂闊さに気付いた。けれども吐き出された声は既に音となって、彼の耳に届いた。彼は特に五感が優れていて、忍びのようとまでは言わずとも常人のそれよりもよっぽど優秀な耳を持っていた。月英よりも先に、武蔵が幸村の存在に気付いた。

「ゆきむら、」

 と、武蔵までも口を滑らせて幸村の名を呼んだ。幸村は足を止める。武蔵は腰掛けていた床几を蹴飛ばすように立ち上がって、けれども、互いが動いたのはそれだけだった。どうすればいいのか分からずに、互い見つめ合ったまま立ち尽くしている。月英が、声をかけるべきかどうか逡巡している。二人の間に流れる微妙な空気を感じ取ったからだろう。

 けれども、その沈黙は長くは続かなかった。あるいは、二人がそう感じ取っただけで、周りの人間にしてみれば不可解なほどの長い時が過ぎていたのかもしれない。
 傷に触ったのだろう、武蔵が小さく呻いて体勢を崩す。幸村は慌てて彼に駆け寄って、倒れ込まないように武蔵の背に手を伸ばした。
「むさし、」
 と呼んだような気がするし、それよりも先に武蔵が「ゆきむら」と呼んだのかもしれない。互いに肩に顔を預ける形で膝をついた。反射的に幸村が手を離そうとしたが、武蔵はそれを繋ぎ止める為か、はたまた無意識か、幸村の背に腕を回した。左腕は骨折しているのか添え木が当てられていて、幸村を抱き締めた腕は右腕一本だけだったが、まるで待てよ、と言いたげに幸村の着物をぎゅうと握った。

「生きてるな、幸村」
「ああ、生きている、武蔵」

 ちゃんと、心臓の音、聞こえる。互いの吐息が耳元で聞こえる。懐かしい声に途端泣きたくなった。

「もう二度と会うこともなかったら、お前がいなかったことにできるんじゃないかって、そう思ったこともあった。けど、そうじゃない。小難しいことなんて、なんにもいらない」

「お前は、変わらず強いな。わたし一人で臆病になっていたのか」

「お前はごちゃごちゃ考えすぎるんだよ。俺も珍しくうだうだ色んな風に考えたけどよぅ、結局、そんなもんは言い訳にしかなんなかった。俺はただ、お前のことが好きなんだ」

 流石に照れくさかったのか、誤魔化すように武蔵が笑った。その振動が幸村も揺さぶって、この乱暴な抱擁がとても尊いもののように思えて、幸村も言葉を告いだ。

「わたしもだ武蔵。また、お前と会えてうれしい」





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10/03/18