満月だった。歪められた世界でも、日は昇っては暮れ、月は満ち欠けを繰り返していた。月は眩しいほどの光を放っていて、武蔵はいつもの癖で幸村を月見に誘った。時々、ぽつりぽつりと会話がこぼれるが長くは続かず、静寂が二人を包んでいた。別段、苦痛ではない。冷たい冬の研ぎ澄まされた空には、絵に描いたような月が鮮やかで、この景色をただ彼と共有したいと思っただけなのだ。幸村は武蔵の突然の申し出にも驚いた様子もなく、きっと最初に見つけたのが幸村だったのなら、同じように武蔵に声をかけただろう。そういう確信が武蔵にはあった。彼と共有できる空間がある喜びが、嬉しくもあり切なくもあった。
「後悔は、してねぇ」
唐突に武蔵が呟いても、幸村は静謐な空気を壊すことなく、ゆっくりと瞬きをしてから、「そうか」と静かに相槌を打った。きっと、考えていることは二人共同じなのだろう。ただ、結論もその過程も、何もかもが違った。幸村と武蔵は違う存在で、更にいうなれば、自分が信じている世界の定義がまるで違っていた。
「きっと、何回繰り返したって、俺は同じ選択をするし、お前も意志を変えたりしないだろうし、けど、それが一番うまい方法だとは思ってない。なんで、どうして、俺たちはとんでもなく馬鹿なんだろうって思いながら、それでも俺は馬鹿な選択しか知らねぇし、お前はお前で俺の馬鹿さ加減に合わせる気なんざさらさらない」
(分かっていたことだ。)
武蔵は言葉にはしなかったが、幸村の唇が微かに動いていた。まるでそう言っているような錯覚に陥った。自分たちは自覚があるくせに、どう修正すればいいのか分からない大馬鹿者だった。いや、今だって、それはなおらないままだ。
「武蔵、お前はわたしの死を見たのか」
「見た。お前を看取ったのは俺だ。お前が、なおえかねつぐ の最期をみたように」
言い慣れない、自分の世界の住人ではない兼続の名を告ぐ武蔵の音は、いつもいやに舌足らずだった。
「…わたしは、お前の隣りにいていいのか」
訊ねる、というよりは、独り言のようだった。武蔵はすぐには返事をせず、手を伸ばして幸村の手首をぎゅうと握り締めた。
「いてくれよ。苦しくって苦しくってたまんねぇけどよ、それでも、こうして一緒に月が見れるってのは、やっぱり嬉しいんだ」
幸村は武蔵のその言葉には応えず、「武蔵、手首が痛いから少し力をゆるめてくれ」と、泣き笑いのような、眉尻を下げた笑みで武蔵の指にそっと己のそれを重ねたのだった。
***
大坂→徳川勝利→三方ヶ原の流れが好きだけど、江戸城炎上も好きなのでそこらへんは誤魔化してます。いっそのこと、大坂→豊臣勝利(でも家康生存)→江戸城→幸村VS兼続→江戸城炎上→徳川大逆転勝利(幸村討死)→三方ヶ原(徳川VS伊達)の流れがいい。ポイントは欝兼幸と、武幸の武蔵だけ生き残り、です。うちの武蔵と伊達さんは、何故か仲が良い。
…暗い。割と本気で、こういう下地でおろちを書きたいです。蜀メンバーは武幸の仲良しっぷりと、どっか不穏な空気に振り回されてます。伊達さんは全てを理解してます、孫市は知ってるけど理解はしていません。三成は蚊帳の外で、兼続はほぼ事実に近いところまで察しています。
10/03/20