OROCHIを再プレイして、ここに清正とか宗茂さんとか、甲斐姫が居たらどうなるんだろーとか考えてたんですが、今、どうしようもなく書きたくなったので、一部だけ書いてみた。清幸が既にくっついてます。みんなの公認です。
大きく捏造した部分は、丁度大坂の陣真っ只中で遠呂智の世界に引っぱられましたってぐらいです。あと、政宗が最初からこちら側。遠呂智じゃなくって、こちら側。
初期メンバー。
・清正,宗茂,正則,幸村,甲斐姫 <情勢を見定める為に、物見に出る面々です
・家康,政宗,稲姫,忠勝 <江戸城にお留守番組
あとは変わりなく。ちなみに、くのいち、武蔵、左近、孫市、ァ千代辺りは一緒に大坂に居たけど、遠くに居たので引っぱられる時に別々になっちゃいましたwてへ、設定です(…)
あっ、お題は『まよい庭火』さんからお借りしました。
『似ないでね、僕の鬼に』
1.はじまり
2.和議
3.物見
?.成都城攻略戦※書いた順番は↓のが先ですが、時系列はこっちが先
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1.はじまり
「一時停戦を申し入れましょう」
と、真っ先に言い出したのは幸村だが、誰も反対はしなかった。本来ならば、大野治長を通して淀の方、秀頼君へと伺いを立てなければいけないのだが、先の衝撃の後、大坂城そのものがなくなってしまっていたからだ。振り返ったその先にあるべき城は跡形もなく消え去っており、乾いた大地が広がるばかりだ。万を越える大軍なればこの場は騒然として混乱の極みにあったろうが、騒ごうにも自分たちの兵がごっそりいなくなっていた。せいぜい、宗茂と甲斐、正則が連れていた手勢がそれぞれ三〇〇程で、合計で一〇〇〇にも満たない状態だった。そんな状態では、戦にはならない。守るべき城もない。ここにきて、清正たちは戦う理由を失ってしまった。それは、大坂城を攻めていた敵方も同様だ。落とすべき城がなくなり、歯向かうのは軍とも呼べぬ粗末な兵力。だが、それは敵方も同じような有様だった。徳川の本陣が丸見えだ。視力の良い正則や宗茂、甲斐が眸を凝らせば、家康の姿が確認できた。大御所を守るには、あまりに少ない供廻りだった。
***
10/03/03
2.和議
「承知した。どうにも不可解なことが多い。一体どうなっているのだ?城はどこへ行った?我らの兵たちは?どれほど呼んでも半蔵が戻ってこぬというのは、ますます面妖だ」
武装を解いて家康に謁見を申し込み、和議へと話をもっていけば、結論は早かった。今の状況に困惑しているのは、清正たちも家康もそう大差はない。それに、互いに顔見知りである。戦時下、などという特殊な状況でなければ、手を取り合うことになんら抵抗はない。家康の人となりを知っている分、信頼は強かった。だが、百戦錬磨の家康ですら、このような事態は初めてである。目に見えての混乱はなかったが、分からないことは山積みだ。
「武蔵やくのいちの姿もありません。左近どのも」
特に、忍びである半蔵やくのいちは問題だった。彼らは特に鍛え抜かれた忍びである。主の呼びかけに応えぬ状況は特異である。あるいは、呼びかけに応えられぬ程の距離が隔たっているのだろうか。
「原因は先の地震だろうか。だが、そんなことがありえるのか?一瞬にして、城や人がいなくなるなんて」
清正は言いながら、地面の土を撫でる。乾いている。地が割れた形跡もない。地割れを起こして城や大事な兵達が飲み込まれたわけではなさそうだ。
***
10/03/03
3.物見
先まで争っていた面々が肩を並べての行軍はどこか妙な心地ではあったが、今は非常事態である。行っても行っても広大な大地が広がっているような錯覚を、首を振りながら進んだ甲斐があったようで、彼らは江戸城に辿り着くことができた。もちろん、大坂から歩いて数刻で到着するような距離に、江戸城はない。いわずと知れた家康の居城である。まず家康が入城し、中を検分する。家康が大坂攻めの際に残してきた留守居すらいない、全くの無人であった。首をひねりつつも、やはり慣れた城である、胸に残る奇妙さを何とか押し殺して、皆を広間に集めた。最早、身分の上下はない。上座は空けたまま、皆で車座になって座っている。
「人心地ついたところ悪いが、俺は少し出ようと思う。地形が分からんというのは、どうにも据わりが悪い」
そう言って立ち上がったのは立花宗茂だ。普段と変わりないふてぶてしい様子だったが、やはりどこか落ち着かないのだろう。それに続いたのが幸村だ。「お供します」と幸村も立ち上がれば、あとは芋づる式に人数が増えた。「二人だけに任せておけるか、俺も行く」と清正が憮然と腰を上げれば、それに僅かに遅れて、「わしもじゃ!」「あたしも!」と政宗、甲斐がほぼ同時に声を上げる。「清正が行くんなら、俺も行く!」と一人だけずれた賛同と共に正則も飛び上がった。おそらく、政宗と甲斐は幸村についていきたいだけだろうが、それを指摘する者はいなかった。宗茂がただ一人、意味深な笑みで二人を一瞥したが、政宗が不愉快そうに鼻を鳴らしただけだった。
「俺は人気者だな。だが、物見にそう兵を連れる必要はない。それに、この城が手薄になるのはあまり歓迎できた話ではないな」
「それは賛成だが、誰が行く?士気だけは馬鹿みたいに高いぞ」
兵数はお粗末だが、と清正が余計な一言を言えば、密かに気にしていた政宗が噛み付いた。好きでこうなったわけではないわ、馬鹿めが!とお決まりの言葉を叫んで、幸村がまあまあと宥めている。孫市どころか、陣所では必ずと言っていいほど側に控えている家臣たちの姿がまるでないのだ。それは政宗だけに言えた話ではない。むしろ、少ない兵力ながら自軍の兵を有している政宗の方が余程立派に見えるほどで、清正や幸村は兵どころか頼りにしている家臣すらいないのだ。宗茂たちの兵が多く見積もって一〇〇〇であるのに対して、家康たちは三〇〇〇といったところだろうか。兵数だけを見るならば三倍だが、天下を決する戦に動員される規模ではない。お粗末にも程があった。
「どうだろう家康公、俺が選んでもいいかな?」
若者たちの好きに発言をさせていた年長者に、宗茂はさっと視線を送る。もちろん、家康に何の権限もなければ、宗茂にもない。ただ、年長者としての重みがある分、その落ち着いた動作は皆をまとめるには十分だった。
「宗茂どのが選ぶのであれば、間違いはあるまい」
「ならば、早速。幸村は俺と来てもらおう。まぁ、早い者勝ちっていうのも、俺は嫌いじゃない。そうなると、清正がごねるだろうか、お前も来い。まったく、そろそろ俺を信用してくれてもいいと思うがな」
幸村の名を真っ先に挙げた時の、清正の表情の僅かな変化を観察していたらしい。清正が唇を尖らせて「信用できる行いを俺に見せてくれ」とそっぽを向いた。その言葉に大仰に落胆する演技を、彼は忘れない。
「あとは、正則と甲斐だ。甲斐は紅一点だからな、頑張ってくれ。正則は、まあ、おまけだ」
正則が抗議の声を上げたが、甲斐の黄色い悲鳴に見事に掻き消された。それでもめげないのが正則だ。ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるものだから、最後には清正の鉄拳制裁でようやく口を閉ざした。不機嫌なのは政宗だ。こうまで身内贔屓をされれば、不機嫌にもなろう。
「分かってくれ政宗。俺は別に独断と偏見でこの決断を下したわけではないのだ」
やけに甘ったるい言葉でそう囁くものだから、政宗は更に機嫌を悪くした。気色が悪い、と顔を顰めて、助けを求めるように幸村に視線をやった。正直、政宗も分かってはいるのだ。こうして、大将同士は遺恨などない様子をしていようとも、先まで自分たちは、文字通りの殺し合いをしていたのだから。それに、城からあまり兵力が出て行ってしまうのも避けなければならない。江戸城は広大な城だ。兵数が少なすぎては、いざという襲撃に対応できない。その辺りの機微が分かる政宗ではあるものの、やはりすぐには納得できない。何より、幸村と離されるのがどうも仕組まれているようで不愉快だ。共に行動する間に口説きあげて、幕府軍につくように説得もできようものを、と企んでいたのがばれていたのか、はたまた嫌がらせなのかは分からないが。
「分かっておるわ。じゃが、無理は禁物じゃぞ。必ず無事に帰って来い、」
幸村、とその語尾には続くはずだったが、それよりも先に宗茂が「お前の情熱はちゃんと受け取ったからな」と先の鳥肌が立つ声で返されて、政宗は口をつぐんだ。孫市の女癖の悪さに辟易していた政宗だったが、こちらの方がよっぽど性質が悪い。孫市の遊び癖など可愛いものである。
では、行ってまいります、と幸村が最後に会釈をして、皆がその場から立ち去っていく。頑張りましょうね幸村さま!と甲斐に話しかけられている幸村を視界の端で捉えながら、清正は宗茂の横に立った。
「何のつもりだ。お前、何企んでいやがる」
「それは心外だな清正。馬に蹴られる役を俺自ら引き受けてやったというのに。感謝こそされ、憤慨されるとはまさに遺憾だな」
「何が馬に蹴られる役、だ。白々しい」
「清正、知っているか?恋路は障害が多いほうが燃えるんだぞ」
余計なお世話だ!と清正が声を張り上げたものだから、皆が一斉に二人を見た。涼しげな宗茂と、一人息を荒くしている清正を交互に見、ああまたいつもの彼の悪い癖が出たのか、と皆が勝手に納得している。
***
10/03/03
?.成都城攻略戦
各地の偵察から戻ったくのいちがもたらした報によれば、成都城を遠呂智旗下として前線に立っている曹魏が占拠している、とのことであった。曹魏を率いているのは曹子桓だが、その傍らには石田三成の姿あり、との知らせに清正たちの間に動揺が広がった。成都城は目前である。兵数は少なく、とても大軍に太刀打ちできるような陣容ではない。城から距離をあけ、捕捉される前に少数を活かして逃げ切るのが妥当だろう。
「どうする?」
と、話を切り出したのは宗茂だ。視野も広く軍議などの場でも冷静さを失わない。客観的に物事を見ることに長けていて、他との距離を測るのもうまい宗茂が、自然、事態の進行役となっていた。
「敵は大軍、俺たちは寡兵。結論は決まってると思うが?」
清正の言に、そうだな、と頷きながらも、宗茂は幸村が簡単に地面に描いた地図から視線を外そうとはしない。彼は、よくよく清正や幸村を見ていたからだ。
「幸村も同意見か?」
「わたしは、」
地面から顔を上げれば、皆が言葉の続きを待っていた。幸村は一旦顔を俯けて表情を引き締めて、はっきりとした声で告げた。
「わたしは、三成どのに会いたいです。会って、どのような意図で遠呂智に組するのか、直接訊ねたい」
身勝手ではありますが、と幸村は少し表情を和らげて、微笑を作った。宗茂は、うん、と適当な相槌を打っているが、清正は無意識に眉を寄せてしまった。彼は、一度死んだ人間だ。清正はそうやって心の折り合いをつけたし、それは幸村だけではなく、この場に揃っている面々がそうだろう。死人すら当然のように跋扈しているこの世界だ。だが、彼らは死体ではなく、言葉の通り生きているらしい。ならば、生きた人間として扱わねばなるまい。だがこの場合、折角折り合いをつけた心はどうなる?混乱が広がるばかりだ。特に、清正や正則は彼と命をかけての喧嘩別れをして、それきりになってしまった。どのような顔を引っさげればいいのか、皆目見当がつかない。
「三成が遠呂智に組するは、確かに納得できぬ話じゃ。出来うることなら、本人に問いただすが一番であろう。この世界の事情にも詳しかろうて」
「俺も賛成だな。この世界は、不可解なことが多すぎる。情報は多いに越したことはない」
幸村の提案に政宗や宗茂が同意すれば、甲斐も流れに乗ってあたしも!と手をあげる。実にわかりやすい構図だが、清正としては複雑だった。会ってどうなる。何も変わりはしないだろう。あちらはきっと、何も覚えてないはずだ。清正が逡巡すれば、正則もまた口を噤む。静まり返った場に、幸村が控えめな声で清正の名を呼んだ。
「我がままを言って申し訳ありません。ですが、会うべきだと思うのです。特に、あなたは」
幸村の澱みない眸が、清正をじっと見つめる。清正も負けじと見つめ返すが、傍目には睨みつけているようにしか見えなかった。元々の表情が険しいのだ。
「俺は俺の選択に後悔してない」
「存じております」
「それでもお前は、あいつに会えと言うのか?会って、どうする?俺も、正則も、何も変わっちゃいねぇよ。会ったところで、結論は一緒だろう」
「ならば、わたし一人で会いに行きます」
まるで相手の思考を読み取ろうとするように、瞬きすらせずに互いを見つめていたが、根負けした清正がさっと目をそらして頭を掻き毟った。ああっお前には負ける。何でも見透かしやがって!と負け犬の泣き言を喚いた。
「後悔はしてねぇ。ただ、間違っちゃいねぇとも思っちゃいないさ。俺たちは言葉の選択を間違えて、馬鹿みたいにすれ違っちまったんだ」
先と同じ調子で幸村は、今度は宗茂の名を呼んだ。二人のやり取りを傍観していた宗茂は、唐突に名を呼ばれて一瞬反応が遅れたが、すぐに幸村へと視線を向けた。
「こういう結論になりましたが、いかがでしょうか?」
「…幸村にかかれば、加藤清正も形無しだな」
それじゃあ、戦略でも立てるとしようか、と宗茂は身を乗り出した。清正が幸村にやり込められて不満そうな顔をしていたが、それに噴き出す者はいても、彼を慰める者はいなかった。
戦略は至極単純なものであった。まず、正則・甲斐が軍を率いて正面門に攻撃を仕掛ける。敵兵の士気は決して高くはない、積極的に反撃してくる可能性は低かった。とにかく派手に動き回って、敵の目を引き付けるのが二人の役目だ。暴れ回ることに関して、二人ほど適役はいないだろう。そのお目付け役が、宗茂・政宗である。猪突猛進を絵に描いたような二人だ、いざ撤退の合図が鳴らされた時、二人を戦場から連れ出す役目が主である。
清正・幸村は、四隊が敵の目をひきつけている間に裏側から城へ潜入。ひっそりと三成と接触しようというもくろみである。もちろん、潜入の手引きはくのいちが行うことになっており、手抜かりはない。こちらは文字通り、三人だけで手勢すら引き連れずに行く予定だ。
互いの役割を確認し合った面々は、そこで解散となった。しばらくすれば、少数にしては大きな鯨波が成都城の敵兵を圧倒するはずだ。正則も甲斐も、戦場で慣らされているせいで地声が大きい。
遠くで聞き慣れた声がかすかに聞こえる。清正は無言で立ち上がると、幸村を一瞥した。幸村もまた頷いて立ち上がる。そろそろ、頃合だろう。
「くのいち、案内を頼む」
「はいは〜い、遅れないで着いて来てくださいね〜」
***
中々収拾のつかない前線の援護に、魏本隊も動いた。本陣にあたる城の最奥から曹丕は姿を消し、三成と僅かな手勢しか残っていない。清正たちがまさに待っていた状況だった。すれ違う敵を叩き伏せながら、清正たちは三成の許へ駆けた。
「三成どの、」
と呼ぶのは、果たしてどれだけ振りだろうか。幸村は途端懐かしく感じて、鼻の奥がつんと痛んだ。それは清正も同じだろうか。期待をして清正を見上げたが、彼はいつもの不機嫌そうな顔のまま、眉を寄せて三成を見下ろしていた。
「幸村…!まさか、この騒ぎはお前たちの仕業か?」
幸村を認めた瞬間、三成の表情が緩んだ。清正は無意識に眉間の皺を一本増やすこととなったが、それを向けられる三成としては慣れたものである。変化にも気付かなかったに違いない。
「はい、わがままを言って、宗茂どの達に大暴れしてもらってます」
幸村の柔らかな表情に弱い三成である。清正を問い詰めるような勢いはなく、わざとらしく顔を背けた。どうも、幸村のような真っ直ぐな目は眩しすぎるようだ。
「…何の為だ。知らせを聞く限り、お前たちは小勢なのだろう。いや、その前に、何故お前たちが一緒にいる?今まで何をしていた?」
「質問が多すぎだ頭でっかち。それと、お前には言ってもわからんことばっかだから、そこら辺は黙秘する。お前こそ、何故遠呂智軍に属している?石田三成はそこまで腐ったか?」
これが石田三成と加藤清正であったのなら、ここから口汚い口論となるはずである。しかし、今回はそうなる前に幸村が仲裁に入った。幸村が、三成の知らぬ声で、「清正どの」とたしなめたからだ。三成の知る幸村は、少なくとも二人の言い合いに割り入ったりはしなかったはずだ。彼は誰よりも近くにいる、二人の傍観者であったはずだ。
「申し訳ありません、三成どの。時間がないのです、どうしても込み入った話になってしまうので、詳細は語れません。自分勝手を言って申し訳ありませんが、一つだけ、何故三成どのが遠呂智に属しているのかだけ、教えていただけませんか?」
睨み合っていた清正と三成の間に身体を滑り込ませた幸村は、じっと三成を見つめた。こうなれば、三成の負けである。彼はどうも、幸村の目に抵抗できないようであった。
「…どこに耳があるかわからん。俺の口からは何も言えんが、少なくとも、俺は何も変わってはいない。お前ならばわかるだろう」
様子を伺うように三成がちらりと幸村の表情を見る。幸村の記憶と寸分違わぬ石田三成の控えめな自己主張に、幸村は咄嗟に返す言葉が見つからなかった。言葉を紡ごうとして開かれた口は、空気だけを嚥下して閉ざされた。確かに、己の目の前には、三成が存在しているのだ。言葉を探したが何も見つからず、それでも、無性に彼の名を呼びたくなって、幸村は再び口を開いた。けれども、その音が紡がれる前に、今度は清正が幸村の名を呼んだ。三成は、未だかつて、こんなにも清正の舌に馴染んだ「幸村」という音を聞いたことはない。まるで名を呼ぶだけで、互いの気持ちを通じ合わせているかのような親密さがそこにはあった。開きかけていた幸村の口が、その音を境に固く結ばれていた。幸村が清正を振り返る、あるいは助けを求めたのか、無意識に顔を向けただけなのかは三成にはわからない。が、たったそれだけの仕草であるはずが、何故だか艶かしい。それは三成や兼続といった限られた人間に許された気安さであったはずなのに、今この場において、その気安さは三成よりも清正に対しての方が濃密だ。何があった、何が。咄嗟の疑問は、無意識に口から飛び出していた。
「お前たちは、俺の知る二人か?」
幸村が勢いよく振り返る。立ち位置が少しずれて、三成の方からも清正の姿が見えた。泣き笑いのような不恰好な笑みを浮かべる幸村と、何を言っているんだとでも言いたげな胡乱げな表情を向ける清正に、三成は一体どちらの答えが正しいのか分からなくなってしまった。この世に、三成の知らぬ二人などいるのだろうか。
「もしかしたら、三成どのの知るわたしたちは、もうどこにもいないのかもしれません」
「…どういうことだ」
「たくさんのことがあったのです。ええとても、言葉ではとても言い尽くせないほど、たくさんのことが」
お前は変わったかもしれんが、俺は何も変わっていないぞ、と清正が憮然と言い放ったが、幸村は笑みを一つ浮かべただけで肯定も否定もしなかった。幸村の柔らかな笑顔は、時々、やさしくてせつなくて悲しい。
「幸村、一体どうしたというのだ。お前は、」
幸村は表情をさっと消して、ただ黒々とした澄んだ深い眸を三成に注いだ。底冷えするほど澱みのない、透明な眸だ。三成のよく知るはずのその瞳は、けれども三成の知るあたたかみがどこにもなかった。冷たくて、かなしい。春宵に広がる闇のようだった。
その時だ。遠くに聞こえていた喧騒とは比べ物にならない爆音が響いた。撤退の合図だ。爆薬庫を爆破したのだろう、じきに兵も戻ってくるはずだ。それまでに清正たちはこの場を離脱しなければならない。清正が、幸村を促すように、もう一度、今度ははっきりとした強い調子で幸村の名を呼んだ。幸村もまた強く頷く。三成に向き直った幸村は、彼に深々と一礼をした。
「…行くのか?」
「はい。宗茂どのたちに、これ以上の負担はかけられませんから」
「こちらに来い、幸村。いや、幸村だけではない、清正、お前もだ。正則や、宗茂たちもまとめて面倒みてやってもいい」
「お前の悪い癖だな。いつからお前はそんなに偉くなったんだ」
ふん、と三成の神経を逆なでする笑みを浮かべた清正は、既に彼に背を向けている。彼の怒号が背中にぶつかったが、何処吹く風だ。反対に幸村は、丁寧な仕草でもう一度頭を垂れて、
「折角の三成どののお気遣い、ありがたく思います。ですが、まだ、我々は旗下を鮮明にするつもりはありません。しばらくは、この世界を回ってみようと思います」
「だが、」
「いいんです。まだ、我々には覚悟が足りません」
え?と三成が表情を緩めたが、幸村は気付かない振りをした。それでは失礼します、ときっぱりと言い放って踵を返した。清正は既に先に歩き出してはいたが、少し離れた場所で幸村が追いつくのを待っていた。三成からは、同じぐらいの背丈の、雰囲気が全く異なる二人が、肩を並べて駆け出して行く姿ばかりが見えた。軽口でも叩いているのか、二人の間に流れる空気は柔らかかった。三成の知らない、二人の親密さである。三成はじわじわと腹の底から湧き上がる不満に憤慨してみたものの、その八つ当たりを受けるはずの曹丕は、三成の癇癪にも慣れたもので、全くの素知らぬ顔であった。
「三成には会えたか?」
と、まず清正の肩を叩いたのは宗茂だった。正則と甲斐は力を使い果たしたのか、地面に座り込んだまま肩を上下させている。これは文字通りの大暴れだったのだろう。同じように地面に座り込んだまま呼吸が整うのをひたすらに待っているのは政宗だ。彼の場合、正則・甲斐の撤退行動を促す為に東奔西走したせいだろう。当初の予定では正則は宗茂が見ることになっており、政宗の負担は甲斐だけのはずだったのだが、戦端が開かれてすぐに兵糧を奪うことを"思いついた"宗茂が、正則のお守りを政宗に押し付けて、秘密裏の行動に出ている。確かに、ここ数日で兵糧は底をつきかけており、宗茂の行動もそう突拍子のないことではないのだが、相手はあの遠呂智軍であり曹魏であり、己の倍どころではない敵兵の数なのだ。幸い、正則・甲斐の陽動が思いのほかうまくいき、くのいちの援護もあり宗茂の奇襲も成功している。くのいちは、幸村たちを三成の許へ案内すると姿を消していたが、なるほど、宗茂を手伝っていたようだ。
切れ切れの息の政宗からその報告を聞き、幸村は流石宗茂どのですね、と呟いてしまったのだが、それが龍の逆鱗になった。
「馬鹿め!あの二人を抑え込むに、どれだけ苦労したと思う!!」
あまり深く敵と切り結んでいては、いざと言う撤退時にはうまくいかない。そうでなくとも、猪突猛進な二人だ。放っておけば、敵を求めてどんどん進んで行ってしまう。それをうまく調整したのが政宗だ。正則に飛び出しすぎだ!と馬を飛ばして呼びかけては、甲斐に敵の懐に入り込みすぎだ!と制止をかける。己の軍ばかりでなく他の隊にも気を向けねばならぬ状況なだけに、馬鹿正直な総力戦よりも精神的疲労が高かった。にも関わらず、己の努力など知らぬ顔、兵糧が手に入ったぞ、皆喜べ、と例のあの胡散臭い笑顔を向けられては、流石の政宗もへそを曲げるというものだ。
「ですが、宗茂どのは、政宗どのだからこそ任せられたのだと思いますよ?実際、これといった損害もなく、撤退は成功しましたし」
「それがあやつの、いやらしいところじゃ」
「なんだ政宗、俺のことをそういう風に見ていたのか。俺にはァ千代がいるが、来る者は拒まぬ性質でな、お前なればいつでも歓迎するが?」
「気色悪いことを抜かすな、馬鹿めが!」
「で、三成に会った云々の報告はいらないのか?」
「こだわっているのはお前たちぐらいだ。正則を見ろ、あいつがあんな無関心なんだ、俺たちもどうしようもないだろう」
「あれは、馬鹿で阿呆なだけだ」
清正ー聞こえてるぞー、と正則は力なく叫んでいるが、やはり激戦が余程堪えているようで、それ以上の抗議はなかった。宗茂の言う通り、本当に興味がないのかもしれない。
***
あ、どうして政宗さんが合流してるかって言いますと(え、今更…)、再臨の遠呂智の章での江戸城の後だからです。3の政宗さんは、きっと遠呂智軍には参陣しないだろうなーと思って。あの後、江戸城が落ちたよ!ってことを清正一行に知らせにきてくれて、そのまま一緒に行動してます。
10/04/17
うなだれていた幸村が、清正の気配にゆっくりと顔を上げて、くたびれた笑みを浮かべながら、「だいじょうぶです」と、清正にだけ聞こえる声で呟いた。まさに、清正が、「大丈夫か?」と訊ねようとしていただけに、清正も返す言葉が瞬時に見つからなかった。
「まいってはいますが、大丈夫です。清正どのは、」
「お前と一緒だ。まいってはいるが、まあ、大丈夫なんだろ」
いつもはぴんと伸びている幸村の背筋が丸まっている。幸村の表情だけではない、こういうところも、痛々しいな、と清正は思った。悲しいのに悲しいと言わず、苦しいのに苦しいと言えず、まるでそうすることが正しいのだと盲信して、必死になっていつもの表情を浮かべようとしている。虚栄心の塊である二人は、それでも相手の不自然さを指摘しない。自分に返ってくることをおそれたせいだ。
「背中、借りるぞ。だからお前も、背中借りとけ」
言うや、清正は幸村の背後に回って、幸村の背に己の背をくっ付けて座り込んだ。少しだけ幸村の方に体重をかけたが、幸村から返ってくることはなかった。遠慮をしているのだろう。清正は、それが歯がゆくて仕方がない。同じものを共有して、少なくともこの一時だけは同じ痛みと苦しみを抱え込んでいるのではないだろうか。
「でも、三成どの、お元気そうでよかったです。やっぱり、会ってよかったです」
あなたは、そうではないかもしれませんが。
乾いた声でそう呟いた幸村に、心の中で、この馬鹿が、と独白する。そうやって、自分にばかり責任があるように仕向けるヤツがいるか、と思ったが、結局口には出さなかった。正直、今は誰かを気遣えるような精神的な余裕などどこかへ吹き飛んでしまっているからだ。
「あいつは、今も昔も変わらず、片意地で不器用なヤツだってことが再確認できた。だから、まぁ、会ったことに関しては、お前が言うほど、俺は深く考えちゃいねぇよ」
「…秀吉さまにも、会いに行きますか?」
「…会いたいような会いたくないような、だな。とりあえず、俺は大泣きする自信があるぞ。お前こそ、信玄公に会いに行くか?」
「…分かりません。どうしたいのかも。自分のことなのに、駄目ですねわたし」
再び俯きそうになる幸村だったが、次の清正の言についと笑みが飛び出した。予想外の言葉に、ついつい笑ってしまったようだ。
「なら、俺が秀吉様に会いに行く時は、お前も一緒に来てくれよ。お前が一緒だと、心強い」
「では、わたしがお館様にお会いする時は、側にいてくださいね」
笑っているせいで、合わせている背も小刻みに揺れている。幸村、と呼びつけてその笑いの衝動を止めてやろうと思った清正だが、急に幸村が身体を傾けてきたせいで、その目論見は潰されてしまった。体重を預ける、といっても僅かなものだったが。
「清正どの。これで"おあいこ"ですね」
声にいつもの調子が戻ってきている。こんな短い間に立ち直るなんて、自分たちはげんきんなものだ。それは彼らが、色々な結末の末に手に入れた強さであり、傲慢さだった。
***
10/04/12