※3で江戸城攻略戦があったら。
開戦から降り始めていた雪は、辺りを銀世界に変えていた。だが、戦という大きな渦に巻き込まれた世界は人の熱に当てられて、地面は雪と泥が交じり合ったひどい有様だった。その中で、轟轟と音を立てて、江戸城が燃えている。白い世界に橙色は美しく映えた。だが足元を見やれば、人の欲によって踏み荒らされたぬかるみだ。
幸村は江戸城を見下ろせる高所にのぼり、燃える様をじっと見つめていた。幸村が徳川秀忠を討ち取ってから、四半刻も経っていない。そこここで豊臣軍の勝ち鬨が聞こえる。本来ならば、幸村もその中に居なければならないのだが、彼は早々に逃げ出した。人目につかぬように、こっそりと人の輪から抜け出したのだ。丁度その時、宗茂と目が合ってしまったのだが、彼は幸村を引き止めることはなかった。何事もなかったかのように、清正の肩に手を置いて、さり気なく幸村を視界に映らぬように誘導していた。幸村は彼の気まぐれに感謝して、誰にも告げることなく、今、この場に立っている。
戦の汚れもそのままだ。携帯していた手ぬぐいで簡単に手や顔を拭ってはみたものの、すぐに使い物にならなくなってしまった。最早、泥なのか返り血なのかも分からない。かさぶたのように肌に張り付いていて、幸村は剥がすことに億劫になってしまった。
「一番の功労者が、こんなところで何してんだ」
背後からの声に、幸村はゆっくりと振り返った。戦場で喉を酷使したせいでその声は掠れていたが、幸村は誰だかすぐに分かった。分かってから、ああ宗茂どのは人が悪いなあ、とぼんやりと思った。心も身体も緩慢になっているのは、戦の疲れを引き摺っているからだ。戦場を命を削って駆け回る幸村だからこそ、本当は今すぐ倒れ込んでしまいたい程疲労していた。それは、この男も同じだろう。小隊しか率いぬ幸村とは違い、常に大局を見て動かねばならないこの男の方が、幸村よりも疲労は濃いかもしれない。幸村は無意識に「きよまさ どの」と呟いて、彼が隣りに立てるように場所を僅かに移動した。
「城を、見ていました」
清正は幸村の隣りに並び、先の幸村と同じ場所へ視線を映す。特によく燃えている場所なのだろうか、燃えている様が克明に見える。
「これで、ようやく一区切りだ。これから忙しくなるぞ」
「…わたしにとっては、全ての終わりです。"これから"が一体どういうものなのか、わたしには見当もつきません。ただ、」
「ただ?」
「燃える様があまりにきれいで、涙を誘うではありませんか」
そうは思いませんか?幸村は仄かに微笑みながら、清正に顔を傾けた。清正は眉を寄せて、その同意を黙殺した。残念ながら、清正には幸村が抱くようなほの暗い感慨など欠片も沸いてはこなかったからだ。
(戦国の終わりを荼毘に付しているような、そんな顔をしながらも、この男は笑うのか)
***
過去と今をゼロに戻し
わたしをわたしで葬る
『銀猫』より
10/09/05