※関ヶ原後



「ねぇ、ねぇ、知ってる幸村様?人っていう生き物は、とっても薄情に出来てるの。そうしないと生きていけないから。ずっと立ってることができないから」

 縁側に座っている幸村の肩に、くのいちが手を乗せる。幸村は、ただ静かにくのいちの言葉を聞いている。大坂城には、たくさんの名残が散りばめられていて、くのいちは不愉快だった。元々、石田三成との相性が良くはない。あの男は、いなくなってしまったくせに、未だに主に付きまとう。それを主が楽しげに受け入れているせいで、くのいちの機嫌は低下する一方だ。

「人ってのは、忘れることが生業の生き物なんですよ。そうしないと、壊れちゃうから。人ってのは、弱い生き物なんですよ。でもって、器のちっちゃな生き物で、そうそうたくさんのものを抱え込めないんです」

 だから、その貰い物の筆も扇子も、そんなものばかりが蓄えられているこの屋敷も、いっそのこと焼き払ってしまった方がいい。くのいちはそう言って幸村の背中にへばりついた。慣れているせいか、幸村は文句どころか驚きもせずに、ただ小さく笑っただけだった。

「お前は時々、子どものようなことを言うな」





***
 思い出を食べ残してしまう

『砂糖水』より


10/09/05