「生きろ、と言われました」
幸村は清正に背中を向けて、庭に散った桜の花びらを拾っては風に遊ばせて、再び花弁を降らせている。こと清正の前の幸村は、意味のないことをしたがるようだった。それとも、人から受けた感傷を、その場でどうにか処理しようともがいた結果なのかもしれない。結局、幸村の中に、彼らの言葉が蓄積されることはないのだ。
「死に急ぐなとも言われました」
「死にたいのかと問われたので、いいえ死にたいわけではないのですとお返ししたら、とても複雑そうな、そうですね、泣いてしまいそうな顔をされました」
単調で無意味な作業に飽きたのか、今度はその場にしゃがみこんで、蟻の行列でも眺めているのか、一点をじっと見つめたまま動かない。幸村とて、そのような言葉をかけられて苦しいのだろう。幸村の返答はいつだって決まっていて、用意されていて、幸村は単調にそれを繰り返すしかないのだけれど、相手はそれでは満足しないのだ。幸村もそれには気付いているのだけれど、幸村の手元にある返事はたったそれきりでしかなく、幸村は愚直に何度も繰り返す羽目になるのだ。
清正は、おそらくその問いをぶつけだろう相手――三成だったり政宗だったり――の想いも分からなくはないのだけれど、彼らはいい加減、それらが無意味で無駄な労力であることに気付くべきだと思う。この男は、既に自分の道を選んでいるのだ。生きるだの死ぬだの、そういう次元ではない。理解をしてやれ、と思う。そうして、この男の生き様の何と愚かなことか、美しいことかと一つ賞讃してやればいい。
「幸村、」
「あなたはただそうして聞いているだけだから、とても、とても気楽になれるのです」
そう言って振り返った幸村の顔は、とても気楽と呼べる表情を浮かべておらず、彼こそ、泣きそうなで清正を見つめてくるのだった。
(彼らはただ一言、幸村の口から『生きたい』と告げられるだけで安心する馬鹿共でしかないのに、幸村の口からついぞその台詞が飛び出すことはなかった。幸村がその事実に気付くこともまた、永遠にやってこないだろう。無知は、こんなにも苦しい。)
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3の幸村は物凄く頑なで困る。
10/01/12