幸村は、あまり弓が得意ではなかった。槍術ばかりでなく、剣術や体術、鉄砲の扱いにも優れていたが、それらに比べて弓術は精彩を欠いていた。歳の近い兄弟だ。武術の修行も遊びと変わらず仲良くこなしたが、どれもめきめきと上達する弟にしては、弓を引く作業がいつまで経ってもぎこちないままだった。お互い、負けず嫌いの性質である。修行も遊びも大差なく、すぐに勝負事に置き換えたがった。五つの的の内、一つしか真ん中の円をかすらなかった矢を信幸は指差して、「お前は本当に、こればかりは上達しないね」と揶揄すれば、幸村は不貞腐れているのか開き直っているのか、「こればっかりは、」と笑うばかりだった。二人の姿を見守っている父の家臣が、この兄弟は本当に仲が良いと喜んでいて、信幸にとってはそれが何よりの誇りであった。武芸でようやく弟に勝るものを発見しても、信幸にとってはどうでも良いことであった。
そういう弟ではあったはずだ。けれども、父にせがんで連れて行ってもらった狩で、幸村は思わぬ戦果をあげた。動かぬ的にはかすることが精一杯の幸村が、見事に獲物を射止めたからだ。それも偶然などではない。彼が矢を射る度に、獲物は次々と引っ掛かったからだ。
「幸村が弓を射る姿を、この前初めて拝見しました」
稲は会話の繋ぎにそう言った。まだ婚礼から日が浅いが、信幸に幸村の話題を振れば、信幸がそれはそれは嬉しげにすることを、稲も気付いていたからだ。仲の良いことですね、と言えば、信幸はそれだけで破顔したことを今でも覚えている。
けれども、今日の信幸の返事は緩慢だった。どこか遠くを見るように、――そういう表情をする時の横顔は、やはり兄弟だと思わせる程によく似ていた。顔かたちではなく、空気だとか、眸の奥の透明感だとか、そういったものだ。この兄弟の見た目はあまり似てはいなかったけれど、血縁を感じさせる程度には、どこか、――どこと言えぬ辺りがこの兄弟の似ていないところなのかもしれない――ただ漠然と、ああ似ているな、と思わせるものが二人の間にはあった。
信幸は、正しい言葉を模索するように、ゆっくりと口を開いた。
「あれは姿勢が正しいから、たいそう立派に映るだろう?」
「姿勢だけなら、そうかもしれませんが…。いえ失礼しました、稲の眼には、そうですね、腕の動きと身体の動きが合っていないように思えて、だからでしょうか、どこか不自然な印象がありました」
いえ!構えはとてもきれいなんですよ!と、戦場では弓を得物としている彼女らしい観点で語る。そうか、あの子のぎこちなさはそこだったのかもしれないなぁ、と口には出さずに呟く。黙り込んだ信幸に、稲は気を悪くさせたのだと思ったのだろう、更に言葉を重ねた。
「ですから、的にも中々当たらぬのかもしれませんね!信幸さまがよろしければ、多少の指南はできますが」
「必要ないよ」
「え?」
あまりにきっぱりとした物言いだったせいで、きつい感じになってしまっただろうか。信幸はそう思って、柔らかな笑みを浮かべた。稲はふと、ああやはりご兄弟、そっくりです、と思考とは関係のないところでそう思った。
「あの子はね、動くものにしか、うまく当てられないみたいだから」
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10/01/15