幸村はあまり自分のことを語ろうとはしなかった。戦術を組み立てるのが趣味のようなところもあって、先の戦の布陣、そなたなればどのように配置する?と問えば、すらすらと語る。参陣していた家々の兵数やらその家々の特色や背後関係を考えた上での布陣は、理に適っている時もあれば、それは異色な面白い!と思えるものもあって、聞いていて飽きはしない。だが、彼が饒舌になるのはその程度だった。何を思ってそういう布陣にしたのか、どういう思いで戦に挑むのか、そういう幸村の内面のことになると、彼はのらりくらりと返答をはぐらかした。
 それでも一度だけ、酒の席で彼が零した言葉がある。その日は三成と三人で飲んでいたのだが、いつものように一番に三成は潰れてしまって、彼の寝顔を眺めながら、構わず酒を続けていた時だった。
 ふっと会話が途切れたような気もするし、兼続が何かを問うたのかもしれない。あまり会話の前後は関係なかったようにぼんやりと記憶している。

「わたしは、いつかばちが当たると思います」

 幸村は淡々と言った。幸村自身の声は穏やかで耳に心地の良い音を持っていたが、彼が声に乗せる表情は決して豊かとは言えなかった。
 兼続は彼の言葉を折らぬように、ほぅそれは何故だ?と続きを促した。幸村は一瞬、躊躇うような言葉を探すような素振りで、ちらりと視線を揺らした。彼の目はいつも澄んでいる。黒黒としたその奥はいつだって透明で、端正な顔には若竹のような瑞々しい爽やかさが滲んでいて、兼続の目を楽しませている。

「戦場で、人の命とは何かを考えぬようにしています。足を踏み出したその下に何があるのか、何が横たわっているのか。何を踏み締め踏み潰し、あるいは、救えたはずの命に見向きもせずに、何も考えずに、ただただ真っ直ぐに進むことしかできぬ愚か者だからです」

「わたしが殺した男が、どのような男だったのか。仲間からどのように慕われ、誰を師事し、家族は?兄弟は?そういったものを、考えぬようにしています。いえ、違いますね、わたしは考えることが出来ぬのです。馬の蹄にかかり、槍で突き上げ一閃してしまえば、わたしにとってそれは最早、ひとではなく、ものになってしまいます」

「わたしはきっと、それを改めることが出来ない。あなたのように、万人を愛していては、わたしは人を殺せない」

 幸村はそう言って顔を伏せたが、その目がどこまでも透明でくもりなく、映した光をそのまま反射させることを知っている兼続は、悲しいことだと思いながら、そっと杯を重ねるのだった。





***
兼続は無口になった分、楽だけど寂しい気がします。
10/01/19