真田幸村は、我に返る、ふとした瞬間がある。幸村は己の選び取った生き様になんら後悔はしていないし、また後悔することもないだろう。幸村はそういう自信だけは持っていて、けれども、そういう自信は決して万人――特に友人たちには受け入れがたいものだということを自覚していた。
 ただ、もののふとしての幸村の中に、まともとも呼べる――それは曖昧ながらも、一般的と呼ばれる認識であろうと幸村はぼんやりと把握している――感情がない、というわけではない。そういう至極まともで人間味のあるその感情は、真田幸村という男の生き方に疑問を持つのである。そう、はっきりとしたものではない。我武者羅に一つのことに突き進むその姿はそんなにも良いことだろうか、自分すら戒めているその姿を、己はまことに望んでいるのだろうか。そういう、既に選び取った幸村にとっては戯言のような、そよ風のような流言を吹っかけてくるのだ。

 清正の体重を受け止めた状態で、首筋には顔をうずめられている。荒い息が肌を撫でて、幸村も思わずあつい息を吐き出した。決して声を上げまいと必死で呼吸を飲み込んで、幸村はふっと、我に返ってしまった。
 もし、彼のこの牙が、己の首筋を流れる血脈を食い破ったら。呆気ない死は、いっそ清々しくはないだろうか。己が夢想する死の姿は、血反吐を吐き、限界を突破した身体を引き摺って、血みどろの手はそれでも槍を手放すことを知らないまま、息絶えるのだ。

「ゆきむら、」
 と、名を呼ばれて、さっと思考を散らした。敏い彼はこの行為に集中できない自分を咎めはしないだろうけれど、悲しむことを知っているからだ。





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犬歯が鋭いのは慶次どのですが、次点は政宗と清正だと思う。イメージイメージ。
あと、あっぷりふとすぱいすの『シンドローム』は、結構清幸ソングだと思う
10/01/20