戦も終わった。本陣にはどこそこの隊が帰還したとの報が順々に届けられている。三成は周りを見回して六文の旗印を見つけたが、その兵を率いる肝心の大将が見当たらないことに気付いた。
「幸村はどうした、」
声に、また怪我でもして手当てを受けているのではないか、と心配やら怒りやらをにじませたが、独り言のような呟きを受けた左近は、さぁ?そういう報告は届いてませんが、と肩をすくめるだけだった。
「どうやら真田隊の中にはいないようですが、探させましょうか?」
「必要ない。俺が行こう」
「殿ー、そういうことは下々の者にお任せくださいって」
既に歩き出している三成に左近も続く。けれども、本陣を出るより先に、幸村の忍びが二人の行く手を遮った。左近とは武田に身を寄せていた頃からの付き合いで軽口も慣れたものだが、三成はあからさまに眉を寄せた。元々、馴れ馴れしく声をかけられること自体が好きではない性分なのだ。
「待って待ってそこのお二人さん。話は聞かせてもらいましたよ。でも、もうすぐ帰ってきますんで、大人しく待っててくださいよ」
「幸村は今どこに」
「戦場のど真ん中」
「馬鹿!危険だろう!!」
走り出しそうになる三成の腕を、左近が寸でのところで捕まえる。幸村を危険なところに放り込むようなことを、目の前の忍びが出来ないことを重々承知しているからだ。
「危険なのは、むしろ三成サンの方ですよぉ〜?今の幸村様は、何ていうか全開だから、三成サン程度の人、近寄っただけでばっさり斬られちゃうと思うし」
「…幸村は、戦狂いとは違う」
「違うっちゃあ違いますけどね、大差ないとあたしは思いますよ。とりあえず、今は熱冷ましてる最中なんで、ほっといてもらえます?黙って見逃したこと幸村様にばれちゃったら、あたしが物凄く怒られるんで」
もう敵味方の区別なんかつかないんですよ。動くヒトにひたすら反応するみたいで。防御する隙もないんですよ、幸村様の一突きって。でも体験したくないじゃないですかぁ〜?無意識だから、どうすることもできないし。子どもじゃないんで、死にたくなかったら大人しく待っててください、ね?
挑発するようにくのいちが言えば、三成は更に機嫌を悪化させたが、生憎と左近のおかげか動きは拘束されたままだ。左近、離せ、俺は己の目で見たことしか信じんぞ!と鉄扇を振り上げたが、左近は苦笑するばかり。むしろ指の力が強まったように思えて仕方がない。
「左近…!いい加減に…!」
「あの、うちの忍びが何か粗相でも?」
三人が三人とも、驚いた様子で振り返った。気配は感じなかったのか、それとも気付かなかったのかは分からないが、突然の渦中の人の登場に動揺しない者はいなかった。
「え、っと、どうかなさいましたか?」
三成が見慣れた表情で小首をかしげる幸村に、あの忍びは嘘の情報を流したのではないか!と憤る三成だが、手を放すタイミングを完全に逸した左近が、まだ腕をぎりぎり締め上げるせいでどうにも格好がつかない。
「ちょ、幸村様!!いつも以上にすっごい返り血なんですけど!!」
言われて、三成も気付く。既に乾いてしまったのか、滴るほどではないにしろ、べたりとついた血痕はいやになまぐさい。あ、これはお見苦しい姿を、とかさりと髪を撫で付けた幸村の籠手も血と砂埃で汚れている。
「いつまで経っても、夢中で槍を振るうことしか出来ませぬゆえ、うまく避けることが未だにできないもので」
幸村はそう言って、全身を鉄色で染めているにも関わらず、未熟者ですお恥ずかしい、と笑うのだった。
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10/01/31