清正は玄関の軒先に立っている人影に、僅かに眉を顰めた。人を忍んで被っていた傘を取る。眩しい日差しに手を翳して、けれども歩を緩めることはせずに、その人影へと近寄った。こちらをじっと見つめている。逆光になって表情までは窺えない。ただ、真っ直ぐに注がれた視線だけは、清正の肌に直接突き刺さった。歓迎されているのではないのだと覚るのは、困難なことではない。
「このような辺鄙なところに何用で?道に迷われたのでしたら、案内の者をつけますが」
そう涼しげな声で言った影だが、清正が道に迷って彼の前に立っているのではないことに気付いているはずだ。お帰り下さい、と言外に訴えていることは分かっていたが、清正は引き下がることを知らなかった。
「おまえに会いに来たんだ、話がしたい、中に入れてくれないか、――真田幸村」
夏の終わりの、とある日のことであった。
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「俺が憎いか?」
そう訊いてから、ふと三成がこぼした言葉を思い出した。決して一緒に呑んだ場は多くはなかったが、それでもないと言うには自分たちの生活は近過ぎた。まだ秀吉が健在の頃だったろう。酒に弱い三成はその日も既にほろ酔いで、その熱弁は珍しく己の友人について振るわれていた。酒に酔ったぼんやりとした意識の中、三成はやけにはっきりとした口調で、
『あれは人を憎むことを知らん。人の罪ごと受け容れる秀吉さまとは違う。あれは、人に向けるべく憎しみですら、己の中だけで処理しようとしている。それで、果たして長生きができるだろうか』
そう言って、目を伏せた。清正は、三成の言う"あれ"を知っていたが、彼が言う程のものであろうか、とは常々思っていた。確かに、話していても気持ちの良い好青年で、強引な清正たちに比べて控えめすぎる部分もあったが、立場が立場であるゆえに、遠慮が先立つのだろう。可愛がり甲斐のある弟分として、正則も相当構い倒していたが、それ以上に三成は執心していたようだった。最早、過去の話だが。
さて、どうでしょう、と笑みを作った幸村だが、その眼には清正の記憶にある強さがいささか欠けていた。誤魔化しているのではない、幸村自身、清正への返答を持たぬのだ。三成の言葉を聞いた時は、そんな男がいるものかと思ったものだが、これはもしや真かもしれぬ、と思った。清正へ向ける感情が彼自身制御出来ていないようだった。それは戸惑いとして、曖昧な表情がその顔には浮かんでいる。
「わたしが言うことではありませんが、あまりに軽はずみな行動ではありませんか?浅野どのが気の毒です」
「あいつは俺に甘いからな、目こぼしはして貰っている」
「それにしたって、」
迂闊でしたよ、と畳の上に苦無を放った。清正は何を言われたのか分からずに眉を顰める。血と泥で汚れたその様にだけは、見覚えがあった。
「徳川の忍びのものです。家康どのは確かに善人でしょう。けれども、だからと言って、火種をそのままにしておくような生温いお人ではない」
穏やかな表情はそのままに、子飼いの方々はどうも危機管理が欠けているように思います、と辛辣な言葉を吐いた。彼に歓迎されるとは思っていない。清正はため息をついて彼の小言を受け流して、じっと彼の眸を見つめた。やはり、その顔からは戸惑い以外の感情は読み取れない。正確には、清正に対してどう接したらいいのか、己の感情の行き場が己で分かっていない戸惑いなのだ。
「おまえの言い分は分かってるつもりだ。だが、それでも敢えて俺は言う。豊臣を救うため、俺たちを手助けしてくれないか?」
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「なぁ、おまえ、清正のこと嫌いなのか?」
武蔵の問いに、幸村は返答に困って苦笑した。それを見た武蔵が、
「あ、ちょっと違うか。嫌いっていうか、苦手?」
「やはり、そう見えるか。なんと言うか、これはわたしの我侭で未熟ゆえのものだから、清正どのにはまったくの無関係だ」
ふ〜んと相槌を打った武蔵は、それ以上は踏み込んでは来ない。それを知っている幸村だから、ついうっかりと言葉をこぼしてしまう時があった。
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…っていう話を考えてるんですが、どうでしょうか?(…)
二条城会見辺り〜大坂の陣まで、です。CPは特になしで、私の中のもやもやを消化する為に、清正と武蔵と幸村三人で色々ぐるぐるする話。オチはまだ見つかってません(…)
武蔵と幸村を絡める時、やっぱり2寄りにしてしまいます。多分、この話の幸村も2寄り。3の幸村には、あんまり武蔵の入り込む隙間がないかもしれない。
10/04/15