本来、忍びは死体を残さない。水面下での激しい攻防の末命を落とした隠密は、味方の手によってその場に埋められるか、証拠隠滅の為に敵方の手で処分される。けれども、幸村はそれを諾とはしなかった。幼い頃から忍びを側に置いている彼は、けれども、誰よりも忍びの醜さを知っていた。醜さ、と言うべきか、薄ら寒さと言うべきか。それ故、忍びがどのような目にさらされているのか、幸村は誰よりもよく知っていた。気味が悪い、けがらわしい、そういった感情は、身分が高くなればなるほどに顕著で、諜報戦には欠かせない忍びの技術を理解しながらも同じひととも思わぬ大名は、思いのほか多い。
幸村は、そんな者達の心理を知っている。分かっている。本来受けるべく忍びの扱いを知っていながら、幸村は言うのだ。俺の忍びだ、亡骸を上田に埋めて何が悪い、その死を悼んで何が悪い、と。幸村は全てを理解した上で、自分の理屈を押し付ける。自分が是と思うことを、こと忍び達に強要した。
幸村は、ただ無言で忍びの遺体を見下ろしている。何度か打ち合ったのだろう、致命傷の首の裂傷以外にも大きな傷が目立つ。佐助はその傍らに立ち、いつこの主がこの物言わぬ身体に手を伸ばさないだろうか、と内心はらはらとしながら主の様子を眺めている。
「旦那、そろそろ、」
どれだけそうしていたのか。佐助が促せば、幸村はゆっくりと頷いた。常の様子とは想像できない程に、その表情には感情がなかった。丁重に、弔ってやれ、と告げる幸村の声が硬い。佐助は鼻の奥がツンと痛んで、咄嗟に顔を伏せた。死んだその後まで、人として主の記憶に刻まれる、この部下のなんと幸せなことだろうか。佐助は忍びであることを卑屈に思ったことなど、ありがたいことに一度とてない。それは全て、幸村が昇華してしまったからに他ならない。
『忍びとて人であろう』
たったそれだけの言葉に、どれだけの人間が救われただろう。幸村にはそういうところがある。無意識に、忍びを喜ばせる術を知っているのだ。この主に仕えることこそ、今生で唯一の幸福。そう思う真田忍びは大勢いる。斯くいう佐助もその一人だ。だからこそ、時々深く考え込んでしまう。己が主に抱く温もりは、一体どのような想いなのであろうと。
(敬愛、とは違う。崇拝、なんて大袈裟なもんじゃない)
真っ当な好意は、一体なんて言葉に置き換えれば正しいのか。見つからない答えは、けれどもどこか心地良かった。
(案外、崇拝で合ってたりして。俺もあんたも同じひとだからこそ、眩しくてたまらないよ)
***
愛してる
言葉に出来たら心軽くなるの
『1/2 -a half-』より
10/09/04