「粗忽者め」
 そう言った幸村の声には、音ほどの陰りはなかった。表情には笑みすら浮かんでいて、言葉を投げかけられた当の本人は、その返答に困った。困った挙句の反応はいつも決まっていて、頬を人差し指でかきながら誤魔化すようにへらりと笑う。幸村はもう一度「粗忽者」と繰り返して、佐助の頬を遠慮なくつねった。頬はもちろんひりひりと痛んだが、佐助はそれを抗議するより先に、さっと視線を外してしまった。至近距離で、まるで幼子のようにじっと佐助の目を見つめるその視線に耐えられなかったからだ。

 幸村は敏い。こと、忍びのことになると、まるで心が読めるのではないか?と思わせる程、些細な変化を見逃さない。それは主に、幸村に対して後ろめたさを抱いている時で、だから佐助も、つい目をそらしてしまう。裏も表もない、幼子のような澱みのない目が居た堪れないのだ。

「佐助」
 幸村は頬を抓っていた手を下ろしたが、いくら力を加減してくれたとしてもあの真田幸村が抓った頬だ、赤くなっているに違いない。それほどまでに、ひりひりと痛む。だが佐助は、それをさすることもできずに、先と同じ体勢のまま幸村の続きの言葉を聞く。
「片倉殿を羨ましいと思うたな、大馬鹿者め。何がこわい、何を心配に思う。確かに、あの御仁の忠義の様は見事だと思うぞ。この幸村も見習いたいと思う。だが、だがな、俺はあの御仁よりも美しい忠義というものを既に知っておる。我が忍びたちの忠義の様が、俺はいっとう好きだ」
 お前はその自覚が足りんな!と幸村はただ笑うのだった。





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10/09/20