「どのようなお人ですか、」
と、訊ねたのは幸村だった。藤次郎は杯を置いてその先を待ったが、幸村もまた、一旦杯から唇を離して、藤次郎を見据えていた。
誰のことだ?と訊ねるのは容易い。けれども藤次郎は、それを問わなかった。彼の無言の問い掛けに応えたいと思ったからだ。
藤次郎はこの真田幸村という男に出会って、初めて色々な感情を知った。それを、好きだと言えば、その感情はいやに薄っぺらいもののように感じられた。惚れたと言ってしいまえば、それは随分と熱を持ったものに変わってしまう。けれども、気に入ったと気軽に言える程、藤次郎の中にあるこの想いは軽くはなかった。この男の為に何かしてやりたい、役に立ちたい、支えが必要ないことは分かってはいるが、だから何だと言うのか。藤次郎は生まれて初めて、誰かに仕えるということを知った。女を愛すより、この想いは尊いに違いない。子を成すより、忠義を貫くことの方が何倍も美しいもののように思えた。それは臣の妄想だ。けれどもそれも、案外良いものだと思える自分がいる。
「あなたの知る、真田幸村は、どのような男ですか」
思わず幸村の眸を凝視する。先を越された、と思ったからだ。幸村はにっこり笑って、こわい顔をなさりますな、と言う。彼は酔わないくせに、酔ったふりをするのだ。
「小奇麗な顔をしたヤツだよ。俺らと歳はそう変わらねぇ。ただ、食う量より消費する量の方が多いんだろうな、大飯食らいのくせして、俺らより身体は出来ちゃいねぇ。腰も首も細い。足首だけが、俺と同じ太さだったか」
思わず、といった感じで、幸村の視線が政宗の足首に注がれる。立膝をした崩した体勢だったおかげで、足首が薄明かりの下にさらされている。反面幸村は正座をしているせいで、今は見ることができないが、政宗は、彼の足首が、あちらの真田幸村よりも細いことを既に知っている。
「藤次郎どのは、綺麗なものが好きですからね」
「あんただって、十分男前じゃねぇか。ただ、ジャンルが違うんだよ、ジャンルが。あっちは女みたいな顔してっけど雰囲気はそりゃあもう尖がってるっていうか、ギラついてるつぅか。とんでもねぇやつだぜ。あんたはあんたで小奇麗に整ってはいるじゃねぇか。まあ女っぽさはねぇけど。それに、あっちの真田幸村にはねぇ、空気に柔らかさがある」
そうだろうか、と幸村が首を僅かに傾ける。そうだよ、と強引に言いくるめながら、雑な仕草で幸村の杯に酒を注いだ。かしこまって呑む酒より、こうして乱雑に呑む方が好きなのだ。
「あと頭の出来だがよ、阿呆じゃねぇんだが、考えが足りねぇ。お館さまと戦のことしか頭にねぇんだ。だから、阿呆に見える」
「獣を飼うてくださる方がいらっしゃる時分は、それでよいのです。ひとは、物を考えぬと退化する、獣に堕ちる。それもとびきり凶暴な野獣に。されど、それをうまく飼い慣らしてくださる方がいらっしゃるのであれば、それはそれでうまくいくものでしょう。わたしもかつてはそういう生き方をしていましたから、よぅく分かります。その生き方はね、とても楽だし心地が良いのです。けれど、野に放たれた獣は、次第に物を考えるようになります。そうせねば生き残れませぬゆえ。けれど、物を知れば動きが鈍る。獣のようには、最早振る舞えませぬ」
藤次郎どのは、
幸村はそこで一旦言葉を切った。藤次郎は幸村の顔を覗き込んだが、幸村はにへらと笑って、まだ半分以上残っている藤次郎の杯に強引に酒を注いだ。溢れる前に慌てて口を付ける藤次郎を、幸村はふふふと笑っていた。
「どちらの生き方が美しいと思いますか」
幸村、と思わず声が出た。酔っているのか。否や、この男は酔わない。酔っ払うことを知らない。あの男もそうだった。底なしの酒豪で、どれだけ酒を浴びようともけろりとしていた。否や否や、そんなことが言いたいのではない!
藤次郎は、あの男の狂気を愛していた。全てを燃やし尽くす無慈悲な炎を、一片のためらいもなく全てを屠るあの槍を、鬼の異名をとるあの男の姿を。今でもなお、あの美しい紅が網膜に焼き付いている。
「俺は、綺麗なもんが好きだ。あの男の炎は何より綺麗だった。けど、俺はあんたがそうやってだらしなく笑うその顔だって、綺麗だと思ってるんだぜ?」
***
11/08/15