幸村は己と揃いの羽織を藤次郎の身体に当てながら、
「似合いませぬなあ」
と、言った。からからと笑っている。これでも伊達男として通っていた男だ。似合わぬと言われて、当然面白くも何ともないのだが、似合わぬ以上反論しようもなく、ぶすくれた表情を作った。真田幸村という男は不思議な男で、人の感情の険をいとも容易くいなしてしまう。今も怒ったふりをしなければならない程度に、彼の声にはこれっぽっちの悪意もなかった。
幸村は真田の男だ。ゆえに、鎧の赤備え以外にも、とにかく赤が似合う男だった。普段の着流しは茶や柿色といった地味な色が多いが、袴や公式の場での召し物には必ず赤や紅色が入っている。この羽織は特に赤色が強く、赤い下地に白や黒の糸で刺繍が入っているだけだ。決して、女のような顔だちではないし、身体つきも若武者らしい均整を持っている。どこに出しても恥ずかしくない、立派な色男なのだけれど、彼には赤が良く似合った。
「これ、俺も着なきゃなんねぇのか?」
「わたしの護衛なれば、それすなわち真田一門になったということでしょう。やはり赤が好ましいですよ」
「でも、俺には合わねぇ」
「そうですね、面白いぐらい似合いません」
似合わない似合わないと、いかにも幸村は嬉しそうに言う。しまいには、さっさと着てください、と小姓の真似事をする始末だ。そうされてしまっては惚れた弱味、強く出ることも出来ずしぶしぶ腕を通したが、姿見を通すまでもなく、自分に赤が似合わぬことなど、百も承知だった。
「幸村、」
「良いではありませんか。あなたはわたし色に染まる必要はないのです。あなたらしく、あってください」
次は具足一式ですね、と、いかにも楽しげに語る幸村に、藤次郎はただされるがままなのだった。
***
まーくんに赤は似合わないよねぇ、と思ったので。
11/08/15