武蔵と幸村+スパイス
定期的に武蔵が書きたくなります。
「おーい、清正らと一緒に酒呑むんだけどよぅ、お前も一緒に、」
幸村に宛がわれている部屋を覗き込んだ正則は、あれ?と首をかしげた。夜遅い時間である。きっと幸村なら戻ってきているだろうと顔を出したのだが、そこに彼の姿はなかった。あの真面目ちゃんがどこに行ったのだろう、と思った正則だったが、まあいいか、と清正たちが待っている部屋へと戻って行った。幸村がいないとなると少し寂しい気はしたが、酒の取り分が増えるのもまた確かなので、正則は探し回ることはしなかった。真面目を絵に描いたようなお坊ちゃんではあるものの、彼がそれなりに息抜き上手であることも知っていたからだ。咎めを受けない程度に、うまく遊んでいるのだろう。
さて、幸村の行方だが、正則が顔を出す半刻ほど前に、既に部屋を抜け出していた。今は見張りの兵に頼み込んで、武蔵と共に物見やぐらで一杯やっている。ただし、酒が一滴も飲めない武蔵は、幸村が持ち込んだ酒のあてを食べているだけだ。
物見の為に設置されたやぐらは、地上よりももちろん高い場所にある。決して広い空間ではなかったが、二人が座り込むには十分だった。空には満月から一日経って、少しだけ欠けてしまった月が浮かんでいた。星のない晩だ。月の明るさがいっそう際立っている。蒼白く光る月は、むしろ眩しいほどだった。
「少し風が出てきたな」
「ここは遮るもんがなんにもなくていいけど、その分ちょっと肌寒いな」
「それならば、酒を飲んで温まればいい」
冗談めかして幸村が杯を持ち上げれば、武蔵はあからさまに顔を顰めた。顔を顰めたといっても、こちらも幸村の言が冗談と分かっていたので、それは本心からではなかった。武蔵は幸村がふざけ合うことができる数少ない一人だった。
「っていうか、お前の方が寒そう。手も俺より冷たいし」
「どうしてだろうなあ。武蔵の手はあったかくていいなあ」
武蔵は酒を身体が受け付けない性質で、こういった砕けた場だけでなく酒宴ですらも、酒を飲んだことがない。それを幸村は承知していて、今も一つしか杯を持参していない。
幸村は、酔っ払ったことがないと豪語する通り、とにかく酒に強かった。更にそれが表面に現れることも稀で、手を握っていても体温を分け与えているのはもっぱら武蔵の方だ。
やはり縁側から見上げるより、月が近い。光の色が鮮やかで、明るいとすら感じるほどだったが、やはり手許はどうしても灯りがなければ見えない。
「よかったのかよ?」
「何がだ?」
「月見の相手が俺で。俺は嬉しいけどよぅ、お前は俺なんかより一緒にいたいやつがいるだろ」
幸村は手酌で酒を注いで、一気にあおる。まるで水のように彼は飲み干すが、それが強い焼酎であることを武蔵は知っている。苦手な分、余計に酒の強いにおいを感じるからだ。
「一緒にいたい、というのは、少し語弊があるかもしれない。人は、どうも俗っぽくて駄目だな。わたしはかの人に良く見られたいのだろう。だから意地を張ってしまう、己を偽ってしまう。そういう自分が、わたしは好きではない」
「健気でいいんじゃねぇの?」
「そういうものじゃないんだ。いっそ、わたしだけを見ていてほしいと願ってしまう。それは強欲だ、傲慢だ、ただの我儘だ。そして、本当にそうなってしまった途端、わたしの興味はきっと失せてしまう」
ふぅん、と聞いているのか分からない相槌を武蔵は打った。幸村は嬉しそうに笑みを浮かべながら、再び杯を酒で満たす。もうなくなってしまったようで、最後の一滴すら逃さないと、瓶を振って最後の一滴までを杯に落とした。
「月がきれいだから、お前と一緒がいいと思ったのだ」
武蔵はもう一度、ふぅんと鼻を鳴らして、最後の一滴までもが幸村の中に消えて行くのを眺めていた。寒いからもう帰ろうと武蔵が言い出すことはなかった。そんなちっぽけな理由で、この空気を終わりにしてしまうのはあまりに勿体なかったからかもしれない。その後はただただ無言で、二人並んで月を眺めていた。時々、互いの体温の差で遊ぶように、手を絡めたり肩を抱いたりした。
何故と訊ねた武蔵だったが、彼の言葉でもう十分だった。気付いたのがたまたま幸村だっただけのことだ。武蔵だって同じように彼を誘い、同じように言うに違いない。お前と見たいと思ったんだ、
***
昨日も思ったんですけど、最近月きれいだなーと思って。月見といったら、うちでは武幸のイメージです。
清幸で武幸です。うちの武幸はプラトニック・ラブなんですが、まあ友情ですので。
BGMは事変の『絶対値 対 相対値』です。こういう恋愛をしてる清幸と、恋愛がよく分からない武蔵、がスタンスと言えばそうかもしれない。この三人が好きなんです。
11/10/13