「その時がきたら、わたしは潔く死にます。そうあれかし、と、今まで生きてきました」
幸村は笑っている。いいやあれはただの愛想だ。あれは、そういう風にしか笑うことができなくなってしまった。そういう風に笑って誤魔化すことしか、しなくなってしまった。哀しいと思った、悔しいと思った。それ以上に、己のなんと無力なことか。
「潔く、というのは、些か誇張かもしれません。あなたにとってのそれは、むしろ惨めなものかもしれません、みっともないものかもしれません。けれども、わたしはそれでいいのです、それが、いいのです」
何故だ!
三成は問う。何に対しての疑問なのか、三成自身分からなかった。この男は決して、死にたがりではない。ただ、死ぬことに全くの恐怖を抱いていないだけだ。一年後の今は生きていないかもしれない、半年後、一月後、五日後、三日後、明後日、明日、いや、こうして言葉を交わすこの一瞬の隙間隙間。その隙間に死んでしまっても、この男は動じないだろう。そういう男なのだ、残念ながら!
「多くのものに出会いました。多くの綺麗なものに触れました。あるいは楽しいもの、面白いもの。わたしに、この世は眩しすぎたようです。あまりに、重たい。わたしの器は既に満ち満ちていて、もう何も乗せられません」
それならば。それならば!俺をここに置いて行けば良い。それならば、少しの余裕もできよう。幸村、お前ならば、俺は許そう。お前ならば、許そうぞ。俺を忘れてしまっても、俺は化けて出まい。
けれども幸村は首を振る。こぼしてしまえば、いっそ楽になるだろうか。こぼしたものを必死に拾い上げようと屈み込んだが最後、次々に両の手のものが転げ落ちることだろう。それで、良い。綺麗な思い出の一つ一つまで、寸分違えず覚えていられるはずはないのだ。
それでも幸村は、それを選ばない。選べない。或いは、その選択を拒む。目の前にある選択肢から目をそらす。
全てを抱え込もうなど傲慢だ!
三成は、たったその一言が言えない。幸村は、たったその一言を待っている。
お前は優しい、いっそ憎らしくなるほどにな。
幸村は首を傾げる。幸村の手が伸びて、幸村の手の甲が、三成の下目蓋をぐいと撫でていた。
「泣かないでください」
泣いてなどいない。
そう怒鳴るように言えば、幸村は少し困ったようにはにかむ。
「三成どのはお優しい。三成どのは本当に、綺麗なものばかりで作られていて、眩しく思います。そんな大事なお方を、どうして忘れることができましょう」
眩しいのは、お前だ。お前の生き方は、笑い方は、立ち居振る舞いや話し方、お前の悉くを形作っているもののふの魂が、俺には眩しくて仕方がないのだよ。
幸村は先と同じように、手の甲で三成の涙を掬い取った。
本当は、俺がそうしたいのだ。
三成は、こぼれ落ちる気配のない彼の黒々とした眸から顔を伏せるのだった。
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BGMは、UPLIFT/SPAICE の『未完成』です。この歌は三幸だと思ってます。歌詞は、もしかしたら検索サイトにも載ってないかもしれない。マイナーなのです。。。
12/02/10