昔から、感情的になるのが下手だった。子ども心に子どもらしくしていなければと思ったものの、どうやら己は子どもを演じることが下手糞で、笑うにしても怒るにしても泣くにしても、どこか歪で不自然だった。感情の起伏が少なく、外からやってくるあれやこれやの出来事に、一々心を動かすことができない、億劫な性質だったのだ。
そのまま、何だかんだと成長してしまった清正は、今でも感情を露にすることが下手糞だった。怒鳴ることは出来ても、泣き喚くことは出来ない。説教は出来ても、全身を使って喜びを表すことは出来ない。感情を表現することが下手糞だが、年を食えば食うほど、無表情を貼り付けていてもそう不自然ではなくなった。子ども心に何かしらの感情表現を求められて苦々しく思っていただけに、大人になるのは楽だった。
幸村は、そんな清正に比べて、感情が豊かなように思えた。いつも笑顔を保っている。けれども、幸村の感情とはそんなものだった。怒ったところを見たこともなければ、泣いたところを見たこともない。うろたえたところや、驚いた表情も見たことがなかった。清正が無表情で全てを黙殺してしまったように、幸村にとっての無表情が、あの曖昧な笑みなのではないか。
ただ時々、どう対処していいか分からない衝動がやってくる時があるのだ。感情表現を怠っていたツケなのか、成長しきれなかった心が飽和してしまったのか、ひどく心が苦しくなる。
「どうしようもないぐらいに悲しくなったら、お前はどうする?」
時々、自分でもどうしていいのか分からなくなる程に、物悲しくなる、寂しくなる、心苦しくなる。胸が締めつけられているかのように苦しくなって、四肢が末端からじわじわと冷えていくのだ。あまりに大切なものを失くし過ぎたからだと、清正は思っている。
幸村は少しだけ顔を伏せる。考える素振りをしていたが、返答は早かった。ああやはり、彼も己と同じような病を抱えていたに違いない。発散する方法が分からず、じっとうずくまっていたものだ。
「小さく縮こまって、それが通りすぎるのを待ちます」
それは清正も同じだった。膝を抱えて、歯を食いしばって、そこここを掻き毟りたいのを必死で押さえ込んでいる。その衝動がやってくることは、この上ない恐怖であった。侭ならない感情というのは、ただそれだけで恐ろしい。特に、清正や幸村のように、己の鍛え抜かれた精神の世界で立っている者にとっては。
「「 」」
叫ぶように名を呼び合えば、まるで示し合わせていたかのように、互いから手が伸びた。互いの身体に巻き付いた腕は、ぎゅうぎゅうと相手の胴を締め上げる。みし、みし、と互いの背骨が軋もうとも、どちらも頓着しなかった。
(けれどもこれは、慰め合いではない)
互いが分かっていたことだ。自分たちは、ただ丁度良い相手を見つけただけだ。清正は清正の、幸村は幸村の、己では処理しきれない感情を、無遠慮にぶつけ合っているだけだ。
***
着地点を見失いました。
多分この二人は、世界に二人きりになったとしても、お互いを利用することはできても、縋ることはできないし、甘やかすことはできても、全部を依存することはできない。個が強すぎるーってイメージがあります。多分、突き詰めてしまえば、一人で生きることが出来てしまう人で、それを自覚しているけれど、それじゃあ駄目だってことも分かってる。
うちの戦国時代ベースの清幸はどっか血なまぐささがあるので、自然と暗くなります。おかしいなあ。幸村はもとより、清正についても捏造満載です。
12/02/10