※捏造成実ちゃんが出張ってます。
「怪我の方は、どうでしたか」
伊達成実が縁側で呆けていた幸村の隣りに座るなり、彼はそう訊ねてきた。視線は政宗が偏執になって整えている庭の木々に向けられたままだ。成実の知る真田幸村より随分と大人しい。否や、成実は戦場の真田幸村しか知らない。今日のように、同盟の使者として訪れることは多々あれど、成実が直接言葉を交わすことの方が稀だった。同盟者と言えども、何度も戦火を交えた間柄だ。政宗が抑えているとは言え、武田家憎しその先鋒でありいつも多大な被害をもたらす真田幸村を良く思っていない面々は多い。いかにも慣れた様子で首脳陣たちは親しげにしているが、それは精々政宗や小十郎に限ったことで、親兄弟を幸村に殺された者たちはそうはいかない。それでも、今までその不満が爆発するようなことがなかったのは、一重に政宗のカリスマ性に他ならない。ただ、今回ばかりは不味かった。先日、派手に武田軍とやりあったばかりだった。未だに傷が癒えていない者もおり、その只中の同盟締結及び使者の訪問は、彼らをやたらと刺激してしまった。それが先の騒ぎに繋がるのだが、その張本人である幸村は、これが皆が憎む紅蓮の鬼だろうか、と成実ですら思ってしまう茫洋とした顔で、庭を見つめていた。
先の騒ぎ、というのは、思えば起こるべくして起こったようなものだ。いつかはパンクしてしまうだろうと成実ですら思っていたのだから、当然、政宗も気付いていただろう。その手当てを怠ったのは政宗だ。
戦では小隊を率いている男の一人が、同盟の使者として訪れている幸村を、突如廊下で襲撃。これが他国に露見すれば、伊達の家名が疑われる。その同盟者である武田に伝わりでもすれば、戦の名分がなったと喜んで攻め寄せてくるだろう。そういった重大事件になるところを、寸でのところで幸村の忍びが取り押さえることで事なきを得た。成実はその場に居合わせたわけではないが、人伝に聞いたところによると、幸村は身動き一つしなかったそうだ。影供についているその忍びの働きがなければ、幸村はこうして生きてはいなかっただろう。紅蓮の鬼と恐れられようが、生身の人間である。心臓に刀を突き立てられれば、死んでしまう。
けれども、幸村が咎めたのは、己の忍びに対してだったという。もう良い、そのように乱暴に取り押さえて、大事な政宗殿の兵が怪我をしたら如何とする。そう言って、居合わせた政宗に頭を垂れ、更には己を殺そうとした者の手当てをその忍びに命じたという。まったくもって、理解の範疇外だ。成実ですらそうなのだから、政宗はもっともっとそう思っただろう。
そういうちょっとした騒ぎが起こったにも関わらず、幸村は涼しい顔をして伊達の本城でのんびりしている。警戒している気配すらない。それを、意味が分からない、気味が悪いと言ってしまうのが小十郎なら、面白いヤツ!と思ってしまうのが成実だった。
「あー、怪我ね。全然大丈夫だって。ちょっと筋痛めたかもーって言ってたけど、幸村サンのところの忍びサンがいい感じに処置してくれたみたい。薬も勧められたけど、奥州にもいい薬はいっぱいあるから、ぜーんぜん、心配ないって感じだよ」
そうですか、と幸村は平坦な調子で言った。不思議な人だと、成実は思う。戦場の彼とはあまりにも違い過ぎるのだ。
「それより、ごめんなさい。筆頭に代わって謝るわ。あいつ、俺んとこのヤツだし。ここ数日、ちょーっと思いつめてたのは知ってたけど、まさかこんなこと仕出かすとは思ってなくってさ。ごめん」
「…既に政宗殿から言葉を頂いておりますれば、謝罪は不要です。そも、これは己の未熟が招いたもの。某の方こそ、やたら騒ぎを大きくしてしまったようで、申し訳なく思います」
「幸村サンは格好良いねぇ」
「…格好良くなどござらぬ。人を多く殺すということは、即ち、人から多く憎まれることでござる。分かってはおったつもりでござるが、つい、忘れてしまうことがあります。人は感情で生きるものだということを」
「分かってるだけ、俺はすごいと思うけどなあ。俺はさ、見たまんまのヤツだから、すーぐ熱くなって、敵陣に突っ込んでっちゃうわけ。んでもって、俺が今なにしてるのか、すーぐ忘れちゃう。この槍で突いたのが、今の今まで生きていた存在だってことも、俺はすぐに目に入らなくなっちゃう。その分、筆頭は、政宗は、すごいよ。自分が殺したやつの数を覚えてるし、少しでも多くの名前を覚えてようとするし、戦が人を殺すってことをずぅっと忘れてない、ずぅっと見えてる。政宗はさ、俺なんかよりたくさんのものを背負い込んでて、ずぅっとそれに潰されないように踏ん張ってる。俺には、真似事すらできない」
「流石は政宗殿でござるなあ」
「幸村サンだって、俺はすごいと思ってるんだけど」
「某は、ただ知っているだけでござるよ。知っているだけ、某は何もしませぬ、何も生み出すことができませぬ。知識として、記憶に留まっているだけにござれば。成実殿の方がよっぽど潔い。某は、中途半端でいけませぬ」
戦が人を殺すことを知ってる人と忘れてしまう人
全てを理解している人
戦場にて
11/10/10