『お主の優しさはだらしがない』
 政宗は酔っていた。ちなみに、その言葉を投げかけられた幸村は政宗の何倍も酒を飲んでいたが、爪の先ほども酔っていなかった。他にもほろ酔い程度な孫市を除けば、その場の面々の頭は至って通常通り、至って冷静だった。幸村が、はぁ、と曖昧な相槌を打つ。孫市は二人をにやにやと眺めていて、慶次と兼続は少し離れたところで互いに飲み比べをしていた。会話は聞こえているだろうが、入ってくる気配はなさそうだ。
『人は差別をする生き物じゃ。それがなんじゃお主は。まるでなってはおらん。皆に平等に優しさを振り撒いてどうする。それはただの怠慢じゃ、ただの惰性じゃ、この物臭め』
 幸村は、すいません、と軽く頭を垂れた。酔っ払いの言だ。政宗もいつも通りの幸村の殊勝な態度に気が済んだのか、
『分かれば良いのじゃ。優しさは美点じゃ。じゃが、相手を選べ。お主は何に対しても同じような態度を取りよって。つまらぬ、まっことつまらぬ。相手を選べよ。なければ、何も伝わるまい』
 政宗は満足そうに頷いて、そのまま寝入ってしまった。真田が多くの助成を受けて徳川に勝利した、その晩のことだった。


「以前、わたしの優しさはだらしがないと言われたことがあります」
「だらしがない、」
 と、思わず清正が復唱してしまったのは、幸村にその言葉が似合わなかったからだ。姿勢一つとっても、声の張り一つとっても、彼にだらしがないところはない。笑顔は柔らかいし、人と接する態度は穏やかだ。けれどもそれはだらしがないということではなく、しなやかなで柔軟性のある竹のような気持ちの良いものだ。だらしがない、というのは、休日の正則のようなぐうたらを言ったり、徹夜三日目の三成の着物のよれ具合を言うだろう。
「平等に優しくするのは、幸村の怠慢である、と言われました」
 そう言う幸村は、笑っていた。大事な思い出をさも楽しげに語っているような、あたたかな空気がそこにはあった。だらしがないだの、怠慢だのと言われているくせに、幸村にとってその記憶は、とても大事なものであるらしかった。
「俺は別にいいと思うがな。平等に優しくっつうのは、難しいことだ。三成を見ろよ。あれは平等どころか、区別差別の塊だぞ」
「でも三成どのは、平等に人に厳しいですよ?」
 幸村はそう言うが、清正は複雑な顔をしてその返答を誤魔化した。きっとそう映るのは幸村と、あとはあの直江兼続辺りだけで、あの男の一種執着染みた小言を平等だと言ってしまえる者など、そう多くはない。いや、むしろ片手で足りる程度ではないだろうか。
「俺はだらしがないとは思わないが、それをもどかしいと思ってるやつは数人知ってる」
「もどかしい?」
 と、幸村は首を傾げる。清正は適当に幸村の髪を掻き回しながら、
「お前が良くも悪くも、差別しないからだ」
 無関心そうに告げた。正直、清正には関係のない話だ。幸村はいっそ呆れる程平等な男で、誰に対しても優しい。何を言っても怒らないし、騒がないし、動揺しない。反対に、どんなものをやっても喜んでくれるし、例えば団子一包みだろうが、酒一瓶だろうが、彼はとても嬉しそうに笑みを作ってくれる。それが、もどかしい、と思う人間を知っているだけだ。清正ですら数人知っている程だから、彼の周りを常に守っているくのいちはその何倍もの人数を把握しているのではないだろうか。
「政宗どのは、あ、先のことは政宗どのに言われたことなのですが、その際に、相手を選ばねば何も伝わらないと仰って。わたしにはさっぱり意味が分からぬことなのですが、清正どのの方が答えに近い場所にいそうですね。そうだ、清正どのもそう思われますか?わたしは何も伝えることができておりませぬか?」
 幸村の目に温度の上昇はない。至っていつも通り、至って通常運転。分からないことを、もしかしたら教えてもらえるかもしれない、彼も分からないかもしれない。本当はどっちでも良いのだ。そういった温度だった。彼は確かに人に好かれやすいくせに、人の機微(特に好き嫌い)に対して淡白だ。
「…三成には、もしかしたら伝わってないかもしれない」
「清正どのは?」
「お前の言葉を借りるのなら、俺もお前とおんなじ、"特殊"だ。だからまぁ、伝わらんことも、ない」
 幸村は、そうですか、と笑みを作った。そう興味はないくせに、至極嬉しそうな顔をするものだから、厄介だなあと清正などは思う。清正は、幸村が己だけを許容していることを知っている。ただそれだけだ。それを特別と言うかもしれない。ただの"区別"かもしれない。おそらく、その他大勢の人間は前者だと言って清正を羨ましがるかもしれないが、清正と幸村にとっての結論は後者だ。幸村は、清正という存在を少しだけ身内に入れることを許容している。時に荒々しく触れることを、乱暴に扱うことを、そうして互いをさらけ出し合って、互いの凶暴な部分を慰め合って。そうすることを清正相手に許容している。世間はそれを愛だの恋だのと囃し立てるが、清正はよく分からない。孤独なけものが二匹、ただ身を寄せ合って暖を取っているように思えるからだ。これは、清正のものにはならない。清正の性質を悉く露呈させた男は、それゆえに清正の性質をも許容しているが、決して許していない一線がある。それはきっと、清正も同じだ。男の矜持を持っている。多分それは、その辺にいる男たちよりも高く大きく、深い。大坂城の天守閣よりも高くて、琵琶湖よりも大きいだろう。清正はその矜持を幸村にだって傷付けられたくはないし、幸村もそうだろう。いやあの男に殺されるかもしれない。それほどまでに、矜持というものは大事なのだ、特に清正や幸村のような性質の男にとっては。











特別かもしれない
11/11/03