禁教令が発令され、どうにか落ち着いた時分だ。三成は筆をとった。幸村へ文を書いたのだ。震える手をどうにか叱咤して、用件だけを簡潔に綴った。
一方的に結んだ約束を果たそうと、三成は町へと足を踏み出していた。文には短く、何日の何の刻、あの教会の前に来てくれ、としか記してはいなかった。幸村には通じるだろうと思いたかったせいだ。三成が約束の場所に到着すると、幸村の姿は既にあった。以前のように教会を仰ぎ見ている。清廉であった。愛しい我が父よ!そう呼びかけていると錯覚した、あの日の幸村と何も変わらなかった。その姿は、今も三成にとっては、天の父君を祈っているように見えたのだ。だが、教会そのものは見るも無残な姿であった。解体作業が始まっているのだ。複雑な彫り物が施されていた入り口の扉は取り外されている。中には色々な物が乱雑に散らばっていた。外装も剥がされ、所々骨組みがむき出しになっていた。不様であった。
「幸村、」
幸村は三成の声に振り返り、一礼をした。
「お久しぶりです。」
(嗚呼。)
三成は心の中で唸った。ひどい男だ。俺はこれ以上に美しく、そして残酷な人間を知らぬ。いっそのこと、この男は人ではなかったらよかったのだ。イエスであったのならば、その残酷さすら昇華してしまえただろうに。幸村は人なのだ。三成が望んで望んでしようのない、人という存在なのだ。
「変わりはないか?」
切実な問いであった。幸村の空気に触れれば分かるものを、三成は口に出さずにはいられなかった。俺はお前が好きだ。お前の笑顔が好きだ。お前の唇から漏れる、軽やかな笑みが好きだ。だが三成は、彼の存在そのものを一途に愛することはできなかった。この想いは恋なのだ。
幸村はふふ、と笑った。ええ、あなた様がお察しの通り、何の変わりもありません。幸村の声音は優しかったが、彼の言葉はどこまでも三成の想いを拒絶したものである。
「お前は残酷な男だ。」
「はい。」
「お前はひどい男だ。」
「はい。」
「それでも、俺はお前のことが好きだ。」
「、はい。」
三成は耐え切れずに彼から視線を外した。幸村がゆっくりと口を開く。
「すたれてしまうもの程、おそろしいものはありません。この教会のように、あわれな姿をさらすのは、我慢がならないでしょう?」
だから、何も要らぬのか。何も要らぬ、廃れて、汚れて、醜い姿になってしまう未来など要らぬ。そうやって、幸村は己の愛を押し付けるのだ。打算も欲も何もかもを捨てた姿を、貫こうとするのだ。いいや、違う。彼はそうやってでしか、愛を表現出来ぬのだ。
「いつでもご用命下さい。三成どのの為ならば、すぐにでも飛んで駆けつけます。」
三成は思わず振り返った。己の目が幸村の顔を捉える。
「何故、」
そうまで俺に尽くす。お前は俺の想いに応えられぬとはっきりと言ったではないか。お前と俺の想いが合わさることなど、決してないだろうとすら、お前は思っているだろう。それなのに、何故、
幸村は笑った。ああこの笑みだ。目の前の男は、やはり三成が好いた真田幸村という男だ。
「私はあなたのことが好きなのです。」
そう笑った幸村は、この世に存在する何よりも清らかであった。