相変わらず、幸村は女の子です。
苦手な方はUターンしてください。
ぴろりん、と間抜けな音を立てて携帯電話は沈黙した。『送信しました』の文言を三成は睨みつけるように眺めていたが、やがて、ぽいと携帯電話をベッドに投げ捨てて、己もそのままベッドにダイブした。柔らかい布団を好まない三成のベッドのスプリングはあまり利いておらず、ぼふりと一度軽く跳ねた程度で三成の身体を受け止めた。
(ああ、送ってしまった)
そのまま頭を掻きむしるようにぐしゃぐしゃと髪を掻き回して、ちらりと放り投げた携帯電話を見た。開かれたままのそれは、もちろん、三成の文句の一つどころか百も二百もありそうな視線を受けても、うんともすんとも言わなかった。
閉めきった部屋に、エアコンの稼動音が響く。遠くで蝉の鳴き声も聞こえていた。夏だ。高校生として最後の夏だ。三成は夏休みを返上して、先程まで共に作業していた友人の言葉を思い出す。
(卒業してしまったら、確かに俺とあいつとの接点などない)
そんなことは、三成が重々に分かっていることだった。それでも、人の口から告げられたその事実に、三成は動揺した。お前は大学に進学しても、想いも告げずに、会うことも出来ずに、うじうじと一人を想い続けるのか、と。
『うじうじ、とはなんだ、俺はそんな鬱陶しいやつではないぞ』
三成が負けじとそう言い返せば、兼続は愉快そうに笑った。底抜けに明るい声で笑う彼には、あまり嫌らしさを感じない。ただ、ああいった雰囲気の場では、兼続の声は明らかに場違いだった。
『いつまで経っても想いの一つも告げられぬくせに、想いばかり募らせている腰抜けを傍で見ている私が言うのだ。お前はどう見てもうじうじ君だ!』
兼続がさも楽しげに明朗に言うせいで、三成は咄嗟に言葉が出なかった。あとは、その場の勢いだった。
『俺はうじうじ君などではない!幸村に想いを告げるなど、容易いことだ!』
『おお!それはなんとも頼もしい!そう言えば三成、気付いているか。もう夏祭りも終盤だ、明日は最終日だぞ』
夏休みも関係なく学校に通っているせいで、日付の感覚は狂っていた。元々行事に疎いこともあり、もうそんな時期か、俺には無関係だがな、と思った程だ。そんな三成の肩にぽんと両手を乗せた兼続は、実に清々しい笑顔で三成に告げた。
『折角の高校最後の夏祭りだ。幸村を誘って、花火の下で告白すれば良いではないか』
正直、その後のことは、あまり覚えていない。その場の勢いで兼続に力強く頷き、彼女を誘う為の文面をあれやこれやと考えて、メールを打っては消し、打っては消しを繰り返した。兼続がちらちらと画面を覗き込んでくるのを阻止しながら、数時間前の、見事に頭が沸騰していた己が満足するメールは完成した。そのまま送信しようとしていたのだが、兼続が神妙な声で待ったをかけた。
曰く、
『デートの誘いを、このような無粋な場所でするのはいかがなものか。家に帰り、落ち着いた場所でするものだ』
と。
何を思ったのか、その時の三成は、彼に倣うように神妙に頷き、『道理だ』と同意した。今思い返せば、何が無粋なのかも分からないし、何が道理なのかも分からない。かくして、三成は自宅して早々、保存してあったメッセージを送るという作業に勤しんだわけなのだが。
エアコンが部屋を冷やすと共に、頭も冷静になってきたようで、よくよく考えるでもなく、兼続の言葉は端々が意味が分からなかった。そして、その意味の分からないことを信じ切っていた自分も意味が分からなかった。分からないことだらけで、益々頭を抱える。
送ってしまったのだ。何はともあれ、経緯はどうであれ、三成の携帯電話は、幸村の携帯電話に向けて、夏祭りの誘いメールを送ってしまったのだ。
ちら、と相変わらず開きっぱなしで無様に横たわる携帯電話を見る。送信してから、どれほど時間は経っただろうか。室内は随分と冷えた筈なのに、じわりと手の平に汗が滲んだ。まだ携帯電話は沈黙したままだ。
『 わ た が し 』
早い時間に目が覚めてしまった。こめかみに伝う汗を拭いながら、三成は手を伸ばしてごそごそと携帯電話を手繰り寄せた。ぱかりと開いて、液晶画面の眩しさに少し目を細めながらメールを確認する。幸村と待ち合わせの約束をしたメールを、何度も何度も読み直している。夢ではないのだな、とその度に喜ぶのだが、すぐに、あのメールは自分が都合よく見た夢ではないのか、と不安になってしまう。
(18時に神社の階段下で)
心の中で何回も呟いて、三成は携帯電話を閉じた。ほうと短く息をついて、ようやく肌に纏わりつく暑さに気付いた。
(暑いな。ああ、そう言えば、夏なのだったな)
今日も暑くなる予感を感じ取った三成は、けれどもいつもよりも清々しい気分でそれを受け止めたのだった。
随分と早く待ち合わせ場所に来てしまった。三成はもう一度メールを確認した。ああ大丈夫だ、夢ではない、夢ではない、と自分に言い聞かせる。時刻は17時半になろうとしていた。流石に早過ぎる、と三成自身も分かってはいるのだけれど、家で遅々として進まない時計と睨み合うのに懲りてしまったのだ。出掛けることを伝えれば、母代わりのねねばかりではなく、正則や清正、秀吉までが興味津々で、更には偶然家を訪ねて来ていた半兵衛と官兵衛にも散々にからかわれる始末だった。
夕方になったとは言え、昼間の熱がまだ残っており、じわじわと汗が滲んだ。打ち水でもしたのか、時折吹く風は一時の涼をもたらしたが、最終日となれば人も多く、吹き抜ける風も稀だった。携帯電話を開く、確認する、また閉じる、開く。何度その作業を繰り返しただろうか。この携帯電話が己だったら、いい加減にしろ!と怒鳴り付けているところだが、生憎と言うべきか、幸いと言うべきか、この無機物は己の要求に応じて反応を返すだけだ。閉じてジーンズのポケットにねじ込む前に、時間を確認する。まだ5分しか経過していない。何とはなしに辺りに目を向けてみれば、やたらとカップルが目に付いた。最終日だ、やはりそういう輩の方が多いだろう。果たして、幸村と並ぶ自分は、傍目にどう映るだろうか。今三成の目の前を横切って行ったカップルのように、恋人同士に見えるのだろうか。彼氏と思われる男に腕を絡めている女は、レースのあしらわれた浴衣を着ていた。いかにも今時の浴衣で、三成はあまり好きではない。幸村だったら、もっとオーソドックスな浴衣が似合うだろう。あんな派手な簪などつけないだろうし、日頃着物に親しんでいる幸村だったら下駄に足を痛めることもないだろう。
「三成さん」
と、声をかけられ、三成は見っとも無いぐらい勢いよく顔を上げた。声のした方へと顔を向ければ、幸村がいつもの笑顔で手を振っていた。三成も彼女に手を振り返す。幸村が三成に近付く度に、からんころんと心地良い音が響いた。
幸村は浴衣を着ていた。三成は正直、それを予想していなかった。目の前を過ぎっていく女性達を眺めながら、幸村だったら、と勝手に想像していたくせに、本当にその可能性を一ミリも考えていなかったのだ。己と幸村とは、少々親しい先輩後輩でしかない。三成がどれだけ幸村を好きであろうとも、残念ながら、現実とはそんなものだ。三成がTシャツにジーパンなのと同じように、幸村も学校では見られないラフな格好をしてくるだろうな、と思っていたぐらいなのだ。
からんころんと音を立てながら、幸村が三成の前へと辿り着く。
「すみません、遅くなりました」
そう幸村は言うが、多分約束の時刻よりも早いだろう。いや、と短く言葉を返して、三成はそろそろと幸村へと視線を向けた。真正面から眺めるのは、やはり気が引けたからだ。
幸村は水色の浴衣を着ていた。幸村と言えば赤のイメージが強かったが、水色も彼女によく似合っていた。無地に近かったが、アクセントに色とりどりのはなびらが袖や裾に刺繍されていた。帯は橙に近い赤で、着物の色によく映えていた。髪は短いながらもアップにセットされていて、彼女の動きに合わせて赤椿の簪がちりちりと小さく音を立てて揺れていた。手首にぶら下がっている巾着にも椿の模様が染められている。
「浴衣、よく似合っている」
幸村ははにかみながら、
「ありがとうございます」
と、少しだけ頬を染めた。よく似合うどころではない。この世で一番似合っている、と言えればよかった。そんな歯の浮くようなことを言える性質ではないし、軽い男だと思われるのも嫌だった。行くぞ、とぶっきら棒に言えば、はい、と幸村が当然のことのように隣りに並んだ。それだけで、誘ってよかったと思えた。
幸村と兼続は従兄妹にあたる。その縁もあって、お互い共通の知り合いが多い。元々、先輩後輩関係なく人気のある幸村だ。癪なことに正則や清正とも面識があり、三成が兄弟の話題を愚痴まがいに話せば、幸村は面白そうに相槌を打った。
「三成さん達は、本当に仲が良いですね。実は昨日、お二人にもお会いしたんですけど、三成さんも一緒かと少し期待したんですよ」
ふふ、と幸村が笑う。幸村の言葉は真っ直ぐだが、真っ直ぐ過ぎて解釈が難しい時がある。期待、とはどういう意味だろうか。俺だって、出来ることなら毎日幸村と会いたいし、こうして話しをしたい。けれど、俺が熱望するように、幸村は思ってはいないんだろう。会いたい、話したい、出来ることなら触れたい。きっと、幸村の言葉にそこまでの意図はないのだ。
「…俺はあいつらとつるむ趣味はない」
「昨日も生徒会のお仕事だったのでしょう?毎日お疲れ様です」
「どこで会ったのだ」
「ここです。わたしは昨日も祭りに来ていたので、その時に丁度鉢合わせしたんです」
ぴた、と三成は足を止めてしまった。幸村も首を傾げながらも、三成に合わせてその場に立ち止まった。流れに逆らうようにしている二人を、迷惑そうに周りが避けて行く。
「三成さん?」
と、三成の様子を覘き込んでいた幸村だが、何か合点することがあったのか、ああ、と小さく頷いた。
「クラスの友人たちと回るのと、三成さんと回るのとでは、やはり楽しみ方が違いますし。それに、最終日だと花火も豪華になって見物なんですよ」
だから、遠慮しないでください、と幸村が歩を促した。幸村は、三成の険を抜くのが上手い。敵わないと思うが、それでもいいか、とも思う。全く三成の行動の意味を分かってはいないが、それはそれで有り難かった。彼女の話に合わせるように、
「いいのか?」
と訊ねれば、もちろんです、と笑みを浮かべる。好きだ、とこのまま伝えられればよかった。彼女の全てが好きなのだ。けれども三成はその短い言葉すら口には出来ず、誤魔化すように足を動かした。からんころん、と隣りから音がする。ただそれだけのことが、泣きそうなぐらいに幸せだった。
何か食べるか、と訊ねたのは、一通り出店を見て回った後だった。失念していたこともある。余裕がなかったことは確かだし、事実三成はそれどころではない。腹が減っているのかどうかすら、実はよく分からないのだ。
幸村は少し悩む素振りを見せて、恥かしいのか僅かに頬を染めながら、わたがしを、と丁度見えている店を指差した。小さい頃ならまだしも、高校生にもなって食べることはなくなったし、周りの大人たちも勧めることはなくなったものだ。幸村もそう思っているのか、発した声はいつも以上に控えめだった。移動しながら、
「好きなのか?」
と訊ねれば、
「なんだか懐かしくなりまして。小さい頃は毎年のように買ってもらっていたんですよ。父は頭の良い人ですけど、わたしをいつまで経っても小さな子どもだと思っていたんでしょうね。小学生になっても買い与えてくださって。ああまたこれか、と思いながら食べたこともありました」
そう言いながらも、その目許は綻んでいる。大切な思い出なのだろう。出来れば、いつか己も、あんな風に優しい温かな声で、大切な思い出の一つとして彼女に語らってもらえたら良いのに。
わたがし屋の男が呆れる程の押し問答の果てに、三成はなんとか彼女にわたがしを奢ることに成功した。おそらく、見兼ねた野次馬が、折角だからイケメンの彼氏に甘えときなよ、と助言されたことが勝因だろう。そうではない、と咄嗟に反論できなかったのは、三成だけではなかった。幸村はあからさまに顔を赤くして、え、え、と面白いぐらいにうろたえていた。三成も幸村と同じぐらいに動揺していたのだから、面白いと思える余裕はなかったのだが。そうして幸村があたふたしている隙に、傍目には冷静な(と思っておきたい)三成がさっさと金を出し、適当な柄がプリントされたわたがしが入っている袋を引っ掴んだ。先程のやり取りをなかったことにしようと、無理矢理に幸村にその袋を押し付けて、少しだけ人が集まりかけていた店の前を後にした。三成だけでなく、幸村も随分と人目を惹くことは分かっていたからだ。
しばらくは無言だったが、相変わらずからんころんと隣りからは音がした。ちら、と隣りを伺えば、丁度幸村もこちらを見たところで、思わず足を止めて見つめ合ってしまった。幸村はまだ少し赤い頬に笑みをふわりと乗せて、ありがとうございます、と僅かに頭を揺らした。彼女の動きに合わせて、簪も涼しい音を立てる。思わず顔を緩ませてしまうその仕草にも、別に、と脳内の自分がげんなりするような無愛想な言葉を返した三成は、食べないのか、とこれまた愛想の欠片もないことを告げた。
「でも、わたしだけ食べるわけには…」
「構わん。生憎、俺は腹が減っていないからな」
脳内の自分がげんなりするどころか、胸倉を掴んでぐらぐらと揺らしそうな言葉を発した三成は、やはりというか、自己嫌悪した。だが幸村は、嬉しそうに笑みを深めて、では失礼しますね、とわたがしの袋を開けた。ふわりと香った砂糖の焦げた匂いに、三成ですら懐かしいと感じた。ねねも秀吉も、子どもを甘やかすことにかけては最上級に上手かったのだ。幸村は袋に指先を差し入れ、一口程度の大きさに千切った欠片を口に含ませた。当時の大切な思い出を懐かしんでいるのか、その表情は幸せそうだった。
「もうすぐ花火の時間でしょうか」
周りの人混みが多少軽減されているのは、それが要因だろう。三成は携帯電話で時間を確認して、ああそろそろだな、と頷いた。これが幸村のクラスメイトの宗茂や政宗だったら、絶好のスポットを知っていて、スマートにそこに案内しただろう。だが残念ながら、三成はあまり夏祭りに参加したことはないし、そういったポイントを知らない。不甲斐ない、と心の中で悔やみながら、既に人がごった返している場所へと移動した。
「毎年思うんですけど、やっぱりすごい人ですね」
目を離したら、はぐれてしまいそうです。
幸村はそう言って笑っていた。幸村が投下する、あの真っ直ぐ過ぎて意図が読めない爆弾だ。それならば、手を繋いでいようか。そう言って手を差し出せたら、いや強引にでも彼女の手を引けたのなら。ああしたい、こうしたいとつらつらと山ほど考えるくせに、ちっとも行動に移せやしないのだ。
そろそろ時間だろうか。幸村は空を見上げながら、今か今かと花火が上がるのを待っている。三成はそんな彼女の横顔を見つめている。わたがしはまだ残っているらしく、彼女の左手にはわたがしの袋が握られている。先程までわたがしを摘んでいた、彼女の人差し指をもし舐めたとしたら、そこは甘いだろうか。先程までわたがしを口で溶かしていた幸村にキスをしたら、やはりそこは甘いのだろうか。そんなことばかり考えている、考えてしまう、ずっとずっと考えてしまう。焼き付けるように彼女の横顔を見つめてしまうのは、もしかしたらこれが見納めになってしまうことを分かっているからだ。想いを、告げよう。花火が終わったら、祭りが終わったら、彼女の家に送り届けて、さよならの言葉を告げ終わったら。ずるずると先延ばしにしている己の不甲斐なさが嫌になる。嫌われたくない、彼女と会えなくなる日が来るなんて、自分はきっと耐えられない。でも、その可能性はゼロではないし、現時点ではその可能性の方が高いのだ。想いを告げて、彼女に嫌われてしまったら。想いを告げずに残り少ない高校生活を終えてしまったら。彼女と会う理由がなくなってしまう。それは、嫌だった。何一つ行動に移せやしないくせに、それは、嫌なのだ。
どーん、どーん、と次々と大きな花火が上がる。周りからその都度歓声が上がるのを、三成はどこか遠いものとして聞いていた。幸村の瞳に花火が咲いて散って、咲いて散って、その繰り返しを眺めている。花火の光りで幸村の横顔が明るく照らされて暗くなって、照らされて暗くなって、その繰り返し繰り返し。永遠に続けばいいのに、と三成の祈るような思いはもちろん成就することはなかった。係員のアナウンスに、もう花火が終わってしまったことを知る。幸村は三成を振り返りながら、綺麗でしたね、と少し興奮気味に言う。ああ、と碌に見てもいないくせに短い相槌を打つ三成に、特に不審がる様子もなく、では行きましょうか、と促す。その促す先は、歩みであり、帰路であり、別れだ。嫌だ、と思ったのだ。ただ純粋に、このままここに居たいと、子どものようなことを思ったのだ。
中々歩き出さない三成に、幸村は首を傾げた。
「三成さん?」
と、呼ばれたものの、三成はそれには応えずに、
「まだわたがし、残っているのか?」
と、ちぐはぐなことを訊ねた。会話の流れは明らかにおかしかったが、幸村は律儀に、はい、と頷いた。
「折角三成さんに買って頂いたものですから、すぐに食べてしまうのは勿体ない気がして」
「ならば、もう一つ買いに行くか」
お前をここに繋ぎ止めておけるのなら、わたがしぐらいいくらでも買ってやる。けれども、やはり幸村には三成の言葉の意図が伝わらない。伝わらなくて良かったとも思った。けれども心のどこかで、察してくれ、と切願していることもまた、確かだった。
幸村は幸村で、三成の言葉の意図を何とか察しようとしたようだった。その結果が、わたがしを一口千切って、三成の目の前に差し出す、という行為だった。三成が思わず、ん?と首をひねれば、
「食べたかったのではありませんか?隣りで人が食べていると、それがおいしそうに見えてしまいますよね。どうぞ。これなら、手は汚れませんよ」
という意図らしい。違う!と言いたかったが、いかにも、これが正解でしょう!と目を輝かせた幸村には逆らえなかった。幸村と差し出されているわたがしを交互に見やって、内心肩を竦めながら、顔を突き出すようにして口を開いた。そのままうっかり指を舐めてしまえばいい、という本来のふてぶてしい脳内の三成は囁いたが、そんなことが出来るはずもなかった。結果、勢い余って鼻にわたがしが触れて、その失態を誤魔化すように歯でわたがしの先を引っ掛けて、奪うように口の中に招き入れた。甘い。これが今の幸村の指の甘さかと思うとくらくらした。これが、今の幸村の咥内の甘さかと思うと、カッと顔が熱くなった。そんな下心を知る由もない幸村は、鼻先にわたがしをぶつけた三成をくすくすと笑って、
「そんなに食べたかったのなら、言って下さればよかったのに」
と言いながら、巾着の中からハンカチを取り出した。呆けている三成を余所に、少し身を乗り出して、ハンカチで三成の鼻の頭を拭った。びっくりした三成は、思わず離れていく幸村の手首を掴んでしまった。このまま彼女が帰ってしまうように錯覚したのだ。汗を掻いている手の平を拭うことも失念していた。幸村もまた、三成の行動に驚いたようだった。当然だろう、と少しだけ残っている冷静な部分がそう思ったが、その冷静な部分ですら、彼女の手を離す、という至極簡単な助言をもたらさなかった。ここで言わなければ、失うのだ。もう彼女の隣りに立つことは出来ないのだ。それは嫌だ。それならば、言うべき言葉は分かっているだろう?分かっている、分かっている。ならば、言うべきだ。脳内の三成が、言ってしまえと背中を押す。後は、何だかんだと助言してくれた兼続の顔がちらりと過ぎった。ここで言わねば、意味がないのだ。言え、言ってしまえ、石田三成、
「幸村、俺はお前が―――」
長ぇよ!とちゃぶ台返ししたくなりますね。はい長いです。
内容はまんま、back numberの『わたがし』です。聴いた瞬間に、これは三幸だろう!やばいみっちゃん可愛すぎる!!と思いました。
それが少しでも伝われば、と思います。
あと、一応前日譚として幸村サイドの答え合わせもありますので、良ければどうぞ。
13/07/22