わがままな愛を つらぬいてたいのさ
「わしは中納言どのにたいそう嫌われておると思っておったのだが、中納言どのも中々に策士であらせられる。」
「そなたは憎むのは山城の領分じゃ。わたしは、そなたの野心が嫌いではない。」
少々、目に余るが。と景勝は心の中で付け足す。政宗は景勝の内心を見透かそうとスッと目を細めた。片方を眼帯で覆われた、鋭い眼光が景勝を射抜く。
「左衛門佐どのは、」
動揺を誘っている。景勝はその手には乗ってなどやらぬ。さえもんのすけ?ああ、源二郎のことか、と空々しい演技をする余裕が、まだ景勝にはあった。
「そなたを憎んでおるか。」
「冗談を言う。あやつがそんな感情を知っているものか。」
景勝は政宗の言葉を軽々と吹き飛ばした。そなたよりも、おれの方が源二郎のことを知っているのだ、と目の前の男に突きつけてやりたかっただけなのかもしれぬ。ちっぽけな虚栄心だ。だが、だからこそ、目の前の男には譲れぬのだ。彼は景勝以上に、ちっぽけな虚栄心と強欲の塊であったからだ。
憎悪を抱く前に諦観する男だ。諦観せねばならぬ事実に絶望する男だ。そうして、絶望という言葉に酔い、酔っ払った己を指差して笑う男だ。景勝が見る真田源二郎とはそういった男であった。
「憎むことを知らぬのか。」
「ああ、知らぬ。知らぬゆえ、最後の砦にどう攻め掛けてよいものか、考えあぐねいている。」
にやりと政宗が笑みを作る。いっそ清々しい程の、野心のこもった表情である。碌なことなど考えてはいないだろう。案外に、政宗と兼続がもし主従であったのならば、馬が合ったのではないかとすら思う。
「中納言どのともあろうお方が、何とまあ弱気なことをおっしゃる。そのようにのそのそしておると、わしが掻っ攫ってしまうぞ。」
やれるものなら、どうぞご存分に。景勝はひっそりと、口には出さずに呟いた。景勝は幸村がいかに強情な性質なのかを知っているのだ。
***
関ヶ原後の二人。うちの二人はこういう考え方の差があるんで、まあ仲は悪くはない。良くもないけど。景勝さま、案外喋るね。喋らないと話が進まないものね(製作者側の主張だよ、それ)
口調とかは適当っす。勉強不足!
03/06
「源二郎をお返しくだされ。」
不機嫌そうな足取りであった。いかにも機嫌が悪いと、口唇がきりりと結ばれていた。彼の雰囲気がその場の空気を圧迫していた。それ程までに、上杉景勝は怒っていた。激怒していたと言っても過言ではない。頭を上げた先、上座の秀吉を睨み付けるように一瞥し、そう吐き捨てたのは、間違うことなきあの上杉景勝である。
居合わせた面々は、秀吉を含めぽかんと景勝を眺めている。彼の怒りの矛先が理解できていない、ということももちろんあるが、それ以上に彼らの頭には、『ああこの御仁はちゃんと口がきけたのか』という、往々に失礼なものであった。
「源二郎、景勝はこう言っとるが、おみゃーさんはどうじゃ?」
「わたくしがお答えしても良いのですか?」
幸村が他人行儀な顔をして進み出る。先程この部屋へと案内をしてくれた小姓と同じような表情だ。
「お前はおれのものだろう。」
「臣下の礼をとった覚えはございません。」
「禄をやった。」
「あれは住家を貸していただいただけのこと。」
「源二郎、」
「あなたが権力に屈したように、わたしもそれに倣いました。わたしはあなたと豊臣御家を天秤にかけ、そしてあなたが負けたのです。」
さあ幻滅なされたでしょう?人々の目の前で、わたしはあなたの矜持を見事にへし折ってしまったのです。お帰り下さい景勝さま。そして金輪際、そのような軽率な行動はお慎みください。
***
上杉から豊臣へ質に入った幸村を追って、景勝さまが大坂に乗り込んできたよ話。NOT真田太平記設定(…)
私が書く幸村って、毎回可愛げがないよね。知ってる。途中から眠気がやってきて、本当にメモ状態です。
勉強不足ゆえ、色々と曖昧です。曖昧なまま書いたんで、あんま突っ込んだことは気にしないで下さい。幸村が上杉から豊臣に移った経緯は色んなパターンがあるので、未だにどれにしようか決めかねてます。だって、どれもおいしい(…)
03/06
耐えられずに息がこぼれた。すれた、いやらしい声。幸村はどうにか平静を保とうと、必死に思考を巡らした。己の口から漏れる、甲高い声にいっそ嫌悪を覚えた。こんなにものを愛しいと耳をそば立てている、この男の神経が理解できない。己に圧し掛かる、この男の趣味の悪さと言ったら。醜態をさらしている。この上ない醜態を、あろうことかこの男にさらしてしまっている。吐き気すら、感じた。
何とか呼吸を整えようと躍起になっている幸村に気付いたのだろう。男は手を休めることなく、幸村の顔へその視線を投げ付けた。眼が合ったその瞬間、あの男はにやりと笑った。そう、幸村のこの醜態を、真田信繁と言う男を組み伏せているという事実を、あの男は大層喜んでいる。あんな男の機嫌をとる為に、己はあえいでいるわけではない!そう怒鳴ってやりたかった。しかし背筋を駆け抜けた衝動に、その声もか細く響いただけだ。男はいかにも強欲そうに笑みを貼り付けながら、幸村の耳に息を吹きかけた。
「中納言どのは、そなたを可愛がってはくれなんだか。」
心が冷える思いであった。そのような言葉を吐かねば、この男は先に進めぬのだろうか。誰かよりも己は優っていると明るみに出さねば、幸村という男を抱くことすら出来ぬのだろうか。いっそあわれだ。奥州の王が、そのような馬鹿らしい矜持に雁字搦めになっている。幸村は心の中で笑った。嘲笑であった。
「あの方は、あなたと違って、わたくしをあいしてくださいますから。」
心にいくらかの余裕が生まれた。己に身体を這っていた慣れた様子の指を振り払う。
「けれど、あの方にすら捧げていなかったものを、あなた様にくれてやるのです。それ相応の代価を頂きます。」
「交渉の仕方がまるでなっておらんな。わしとそなたは対等ではない。わしがその条件を飲むわけがなかろう。」
幸村は素早く腕を持ち上げた。相手が幸村の意図を読むよりも早く、反応するよりも早く、幸村は持ち上げた腕を勢いよく振り下ろした。その手には、男の右眼を覆っていた眼帯が握られていた。今度は、あなたが醜態をさらす番です。幸村はひえた笑みをひっそりと浮かべた。
「その眼の奥深く、あなた様が抱いた闇をいただきとうございます。」
あの男が己のなかをまさぐったように、幸村もその傷跡をえぐるのだった。
***
私は攻め顔の幸村が好きです。受けしか受け付けないんだけど。幸村さんは女々しいっていう言葉からとっても遠い人でなければならないと思います。典型的な、と言ってしまっても、それは人それぞれだと思うんですが、女の人から見た、男のわがままを全部かねそろえてて、それに酔う美学を貫き通した人。うちの景勝さまは女々しいです。縋れば幸村ですら一片の慈悲をかけてくれるだろう、なんてことを考えるぐらい、あまったれてます。女の人と同じように幸村を好きになった人かなあ、とぼんやり思いました。でも幸村にはその手の同情は通じない。女々しい男の心理も理解しない。縋る手には気付いても、その手が本当に何を求めてるのか理解できない、知ることができない。伊達さんは、そういった感情が分かる分、景勝さまに結構同情的です。といっても、内心で思うだけで、実際に景勝さまを慰めたり幸村を非難したりしない。人っていう生き物は、たくさんのことを色んな方面から眺めては色んなことを思い考えるものだと思いますが、それを実際に吐き出すかと言ったらそうじゃない。本当に考えたことの一欠片、一方向から見たことしか口には出さないと思います。
03/08
顔を合わせたその瞬間、走馬灯のように、あの情景が脳裏を過ぎった。あまりの情報量に目が回った。ああ、彼、だ。そう心が感じた。脳内では多大な情報処理に躍起になっていたが、その結果を待たずとも、信繁は、否、信繁だった魂を持つ己はそれを感じ取ることができた。
会うべきではなかった、と信繁だったものは街中を闇雲に走りながら、何度もそう思った。彼は、思いも寄らぬ男の出現に、その場から逃げ出した。走り出した。逃げろ逃げろ、と急いて駆け出してみたものの、果たして己はどこに逃げ込めばよいのか分からない。
「信繁、」
その男は、己の目の前に立っていた。長い間走り回っていたせいで、肩が上下してしまう。酸素を求めて荒い息を繰り返し、半分に折っていた身体を首だけもたげて、その男を見上げた。
脳裏を駆けた、あの記憶と寸分違いのない笑い方をしている。野心をさらけ出した、あのいやらしい笑み。
「、信繁では、ありません。」
「では、何故わしから逃げた。そなたは信繁であろう。これは、あの時の鬼ごっこの続きであろう。」
男は、一歩一歩近付いてくる。逃げることは出来ただろう。今、この場所から逃げおおせるぐらいの体力なら残っていただろう。だが、彼はそうしなかった。この男は、追って来る。どこまでもどこまでも、追い続けてくるだろう。そう仕向けたのは、誰でもない、信繁という存在だ。
「忍びが使えぬそなたを捉えるなど、そう難しいことではなかったな。」
男が、がしりと手首を握り締めた。あまりの力強さに、骨が軋んだように錯覚した。きっと、男の指の痕がくっきりと付いてしまっていて、わたしは、
その束縛の痕が、うれしいのだろうか、かなしいのだろうか。切ないのだろうかくやしいのだろうか。どれかであるかもしれぬ。いいや、こんな言葉に容易い感情ではないのかもしれぬ。
「ようよう、そなたを掴まえたわ。」
***
03/26
「許せ、××」
幸村さまは、世間話の軽さを含んだまま、そう仰いました。いつものように穏やかに笑って、わたしの名前をお呼びになったのです。
わたしたちは何もいりません。金も地位も名誉も、女も酒も、何もいりません。身分も名前も、本来ならば必要はないのです。ですが、それでは幸村さまがお呼びになる時に困ってしまうので、わたしたちは唯一、名前という荷物を抱え込みました。最初は重いだけのつらいものでしたが、幸村さまの爽やかな声がわたしの為だけに発せられたのだと思うと、その重みが次第に心地良いものに変わりました。
わたしは何もいりません。金も地位も、命すらいりません。ですから、わたしはわたしの全てを幸村さまに委ねているのです。預けている、と言っては語弊がありましょう。幸村さまは息をするのと同じように、わたしたちにお命じになるのです。
こればかりは、忍びの特権でございましょう。ええ、ええ、こればかりは幸村さまにお仕えする家臣の方々には真似できますまい。わたしたちは、幸村さまの為に死ぬことを安堵された存在なのです。幸村さまが、わたしたちの終焉を用意してくださっているのです。こんなにも、人の心を穏やかにさせる褒美がございましょうや。
許せ、と仰った幸村さまの真意が分かりますか?
あの方は、真田左衛門佐信繁という存在が、死を迎えることを、死を受け入れてしまったことをそう仰ったのです。我らがそれを許す許さぬというに無関係であることを知っていながら!ええだからこそ、「許せ」なのでしょう。
***
翔竜政宗戦記の「許せ、主従ぞ」がどうしても頭に残って、その一文だけで妄想してみました。佐助辺りが妥当かな。イメージは小助ですが。いつか十勇士をちゃんと書いてあげたいです。
幸村さま呼びなのは、無双でもいけるんじゃね!と思ったからです、が、念のためこっちに移動
04/23