酒を呑まされる
すいません、彼、酒豪ですから。




 政宗は幸村にも佐助にも説明を求めなかった。幸村が幸村であることを、感覚的に認めることができたせいだろう。あとはもう打ち解けたものである。幸村も幸村で、あちらの政宗とは随分親しくしていたから、空気が和むのに然程時間はかからなかった。小十郎と佐助が、二人の旧知の仲のような空気に戸惑っていたが、二人は知らん顔をしていた。

 余談だが、幸村は酒が強かった。慶次と飲み比べをして、先に酒がなくなってしまった程だ。どれだけ酒が入っても、顔色一つ変わらない。疲労などが重なると、僅かに頬に朱が差すが、その程度の変化では酔ったとは言わないだろう。今日も、いつの間にか泊まることになった政宗と、その部下の小十郎と三人で酒を交わしていた。主に政宗が酒をすすめ、幸村がそれを受ける、という状態だったが、幸村もさり気なく、けれど遠慮なく政宗の杯に次々と酒を注いでいたから、量としては五分五分といったところではないだろうか。

 程なく、政宗も潰れてしまった。彼の名誉の為に言うが、政宗も決して下戸ではない。ただ相手が幸村であったことが何よりの原因であった。幸村と同じペースで飲んでいたら、誰だって酔い潰れてしまうだろう。政宗は、完全に落ちる前に奪取した幸村の膝に頭を乗せて、すやすやと寝入っていた。幸村も手馴れたように、団扇で風を送っている。三成が眠ってしまった時などは、こうして介抱しているのだ。小十郎も幸村の手馴れた様子に口を挟まず、注意深く酒を舐めている。
「何か?」
 幸村は小十郎の剣呑な視線も、穏やかな表情で迎えた。主を護る役目である以上、仕方のないことだ、と幸村も知っている。特に、伊達家の小十郎と言えば、幸村も瞠目する程の忠義人である。
「いや。妙に手馴れているな。」
「酒に弱い友がおりまして。」
「そっちもあるが…。男のあしらい方が、」
「?」
 いいや、なんでもない、と小十郎は言葉を濁す。幸村は自覚をしていないが、政宗が肩を抱き寄せようとしたり、腕を引き寄せようとする度に、幸村はさり気なくあしらっていた。最後には、膝枕、なんて飴でどうにか丸め込んでしまった。
「政宗どのは真っ直ぐですね。私の知る政宗どのは、もっと狡猾でずるい方ですから、ついつい、甘やかしたくなりました。」
 可愛いものです、と政宗を見下ろしながら言う。小十郎は己が耳を疑った。あの真田幸村が、あの真田幸村が!己の主を可愛いと!小十郎は笑っていいのか、怒っていいのか分からず、小十郎にしては珍しく、呆けた顔を幸村にさらした。それに噴き出したのは幸村だ。くすくすと、笑い声をもらしている。
「私は片倉どのに似た人物を知っております。そのお方とも随分と腐れ縁がございまして。他愛ないことをこぼしたくなります。」
(まこと、忠節のあり方も、左近どのにそっくりで。)
 内心でそんなことを思われているとは知らぬ小十郎は、幸村の笑顔から逃れようと顔を背けた。その左近にはない正直な反応に、幸村はまた、くすくすと笑うのだった。

 政宗が潰れてしまってしばらくが経った。そろそろお開きにしよう、とまず小十郎が腰を上げた。主を抱えて宛がわれた部屋へ向かわなければならない。小十郎の力を疑うわけではないが、こちらの政宗は中々の長身だ。流石に大変だろうと思われ、幸村は政宗を起こそうと身体を揺すってみた。しかし、反応は鈍い。政宗どの、政宗どの、と呼びかけるが、やはり反応はなかった。これはどうにもならない、と小十郎が政宗に手を伸ばす。が、それよりも早く、今まで無反応だった政宗ががばりと起き、幸村に覆いかぶさるように振り返った。思わず幸村も仰け反る。
「お目覚めになりましたか。お部屋に案内いたしますゆえ、参りましょう。」
「なんだ幸村、誘ってんのか?」
 小十郎の身体が固まる。真田幸村がいかにお堅い人間か、政宗が一番痛感していることだろう。もしここで幸村が取り乱したりしたら、この独眼竜にぺろりとおいしく頂かれてしまうに違いない。流石にその暴挙だけは防がねば!と半ばおかしな決意を燃やす。が、当の幸村はと言うと、にこりと政宗に微笑み、
「酒が入っておられるのに、そう急に動いては。目を回しますよ。」
 そう言うや、正座している体勢からどうやったものか、政宗の胸倉を掴み、あっと言う間に投げ飛ばしてしまった。小十郎が介入する暇すらなかった。本来なら、無礼者!と幸村に食って掛かるのが当然だが、この場合、明らかに非があるのは政宗だ。主の間違いを正すのも忠臣の仕事、と心得ている小十郎は、幸村には何も言わなかった。少々乱暴すぎるが、主にはこの程度の薬が丁度良いだろうと思ったからだ。ただ、困ったことに政宗は、見事な不意をつかれ投げ飛ばされた衝撃で、再び気を失っていた。これを抱えて戻ることを思うと少々面倒だったが、幸村が手伝ってくれるそうなので、その不満も幸村に向けられることはなかった。