数日を長曾我部の屋敷で過ごした幸村は、再び船の中に居た。同盟の話に色良い返事を貰い、今は帰路についている。そして、毎回恒例となろうとしている、佐助の説教が始まった。
「だから、いい加減自覚して下さいって。笑顔の大安売りは、よして下さい。」
「だから、何を自覚するのだ。それに、笑顔の大安売りとは何だ。私はそんなへらへらした男ではないぞ。」
「長曾我部の人たちも妙に優しかったし。絶ッ対、若にほだされたに決まってる。この男殺し!」
「む。なんだ、その不名誉な呼び名は!佐助!」
 しかし、佐助の虚勢もここまでだったようで、急に勢いがなくなってしまった。
「そもそも、何。鉢巻一つであんな喜んじゃって。」
「折角佐助が作ってくれたものだ、嬉しいに決まってるだろう。」
 何を決まりきったことを、と幸村が半ば呆れた顔をしたのが、ますますまずい。真田幸村は、前々から佐助のツボをよく無意識に刺激する人物だったが、やはりこの男も、幸村であったようだ。
(若は人を"その気"にさせるのがうますぎなのよ…。)
 思っても、言えない。幸村をちらりと覗き見れば、既に会話は終わったと思っているのか、見飽きたはずの海を眺めていた。

「次の戦場はどこだろうか。」
 佐助にしてみれば、憂い顔でそんなことを考えていたのか、と思うのだが、幸村は会話の突飛さに違和感を感じないようだ。やはり、鈍い人、というのは変わりないようだ。
「位置関係からして、織田との全面対決も間近と思われるが、織田は家中にまとまりがない。内部工作でいくらか崩せるだろう。なれば、そう急く話ではない。上杉、今川、北条、徳川…。そもそも四方に敵が多すぎる。お館様はいかに考えておられるのか。」
 佐助は「さぁねぇ。」と適当な相槌を打つ。幸村は佐助に話しかけているわけではない。口に出すことで頭の整理をつけたいのだ。そんなに生き急いでどうするのだろう。佐助は幸村が戦に想いを馳せる度に、そう問いたくて仕方がない。恋をするように、この男は戦が恋しい恋しい、と嘆く。そんなの間違ってるよ、旦那、人は戦をする為に生きてきたんじゃないよ。そう言いたくなってしまう。けれど幸村は決まってこう返す違いない。
『俺は戦の為に生き、死ぬのだ。』
 佐助は慌てて頭を振った。よくない妄執に取り憑かれている。佐助は考えを紛らわそうと、幸村へ視線を向けた。相変わらず海の波を凝視して、何事かを考えている。きっと、戦のことだ。佐助は戦に思いを馳せている時の、幸村の表情が好きだ。これは明らかな矛盾である。だが、佐助は幸村の笑顔以上に、戦の狂気を宿したその瞳が好きだ。凶悪なほどきれいに、その男は槍を振るうのだ。きれいなのだ。戦の申し子は、戦があるがゆえ、きれいなのだ。佐助はきれいなものが好きだ、きれいな人が好きだ、きれいな言葉が、きれいな物が、きれいな魂が。真田幸村はきれい過ぎるのだ。

「佐助。」

 名を呼ばれ、佐助の意識が幸村へと向く。冗談じゃない、本当に、取り憑かれているではないか。
「お前が優しき者だと私は知っているから、だから、許せ、佐助。」
 そして幸村は、佐助が大安売り!と非難を浴びせた微笑を浮かべたのだった。










仲直りする
それがかりそめだって、本人たちが一番分かってる