幸村は見慣れぬ部屋で目を覚ました。布団に寝かされており、辺りの様子を窺おうにも、身体が思うように動かなかった。しばらくはどうにかして起き上がろうと試みていたが、身体のだるさに負け、布団の中で丸まってしまった。
 幸村はあの瞬間のことを、鮮明に覚えていた。


***


 風魔の刺客と相対した時である。幸村は背後に三成と左近の叫び声を聞いた。だが、それに反応している場合ではなかった。風魔忍びが、三成を庇って躍り出た幸村目掛けて刀を突き立ててきたからだ。幸村はそれを脇腹に受けた。痛みに鈍感なのだろうか、大した傷ではないと刺された本人である幸村は思ったが、その傷口が燃えるように熱かった。瞬時に毒だと覚った。しかし、そこは幸村である。相手の一瞬の隙を見逃さぬ。唯一の得物を幸村が身体で受けてしまったせいで、相手には反撃の手段がない。幸村はすかさず、おそらくは無意識に引っつかんでいたのだろう、小刀を抜き、相手の急所へと振り下ろした。忍びであろうとも人である。人体の急所を突けば、呆気なく絶命した。幸村は相手の身体を突き飛ばし、相手が既に戦える状態でないことを確認した。その反動で体内の毒も巡ってしまったのだろう、視界がぐらりと揺れ、立っていることすら出来ず、その場に崩れ落ちた。
 その時ようやく、目の前の事態に我を取り戻した左近が、慌てて幸村へと駆け寄った。傷は浅いはずだが、着物に染み出した血の模様は広がるばかりだ。一見重傷にも見える程の出血量である。
「幸村!」
 幸村は左近の必死な顔にどういった返事をしていいのか分からず苦笑した。傷は大したことがないし、毒なれば今の己にはどうすることもできぬ。海野六郎か、はたまた望月六郎かが戻るまでは対処のしようがない。
「、三成どの、ご無事、ですか、」
 幸村はそれこそが一番重要なことだと思った。だからこそ、何よりもまずそれを訊いた。左近は、その第一声に冷めた目を向けた。幸村は間違ったことを訊いてしまったのだと瞬時に覚ったが、何が悪かったのか理解出来なかった。
 左近は幸村を抱きかかえるようにしてその身体を支え、傷の具合を見ようと幸村の着物の合わせ目に手をかけた。左近の行動の意図に気付いた幸村は、力の入らぬ手を持ち上げ、左近の動きを止めさせるべく、その手に添えた。傷は横腹である。着物を脱がさねば、傷の様子が見えぬ。既に毒が回り始めていた。荒い息を吐き、意識を保つことが精一杯であった。けれど幸村は頑なに、弱弱しく首を振った。左近はため息をこぼせば、幸村の耳にその息がかかった。
『なんて無茶をするんだ。もう少し女であることを自覚しろ。』
 過去にそう幸村を咎めた時と同じため息であった。
「手遅れになったらどうする。悪いな幸村、失礼するぞ。」
 ばさりと幸村の着物を剥いだ。幸村は左近の手の動きを見ぬように顔を背けると、丁度、顔を青くして茫然と立っている三成の姿が目に入った。幸村は女子である。胸元は晒しを巻いていたが、それでも何重にも重ねられていた着物が落ちれば、女子独特の丸みのある肩が露わとなった。三成の目が幸村の姿を映した。三成の表情が変わったのが、霞み始めた幸村の視界にも捉えることが出来てしまった。幸村は三成の顔をそれ以上見ていられず、またしても顔をそむけたのだった。


***


 その後のことは、よく覚えていない。左近に担がれ、人目を避けて、一番近い左近の部屋へと運ばれたような気がする。近くには左近の他にも人が居たように思えたが、あとは記憶もおぼろであった。次第に意識も混濁し、ついには気を失ってしまった。
 幸村が記憶しているのは以上である。幸村はまず何よりも、三成に己の性別がばれてしまったことを悔いていた。しかも、このような不本意な形で、である。その次に、今回の騒動の詳細が知りたいと思ったし、どのように周りに伝わっているのかも知りたかった。己が傷をしたことなど、些細なことである。今すぐにでも起き出したかったが、余程強烈な毒だったのか、しばし眠っていた幸村の身体は、今も倦怠感を覚えていた。幸村はしばらく何事かを考えるように目を開けていたが、次第に睡魔に誘われ、再び眠りについたのだった。




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