まだ夜明けには時間がかかるだろう。二人は少しでも大坂から遠ざかろうと休むことなく歩を進める。夏の盛りも過ぎ段々と秋の色付きを見せる草木も、まだ薄っすら闇に覆われている。旅には良い季節だ、空気は肌寒いということもなく、時折気まぐれに流れる風も心地良い。
「まず、どこへ行こうか。」
「佐和山を覗いていきますか?」
「いいや、やめておこう。見つかっては面倒だ。」
 それよりも行きたいところはないのか?と三成は少しだけ歩を緩める。幸村の顔を覗き込む為だ。
「そうですね、これからの季節、段々と寒くなりますから、南へ行きませんか?」
「ならば堺から船で行くか?」
「それも良いですね。あ、でも今日は早めに宿をとりましょう?三成どの、お疲れでしょう?」
「…早く遠くへ行きたいのだ。」
「大丈夫ですよ、時間はたっぷりある、でしょう?」
 ね?と幸村が微笑みかければ、幸村の笑みに弱い三成は、あ、ああ、と頷きながら顔をそらした。照れ隠しだ。



 日が登り、そろそろ空腹を覚える頃だ。ここ数日、まともに食を摂っていなかった三成に、いくら徒歩とは言え、長距離の移動は堪える。正直、一休みしたいところなのだが、それを口にするには、矜持の高さと幸村の前では見栄を張っていたいという薄っぺらな意地が邪魔をする。だがしかし、そこは幸村だ。まるで三成の心を読み取ったかのような的確な間で、一旦休憩をしませんか?お弁当を持ってきました、と三成の手を引く。整備された道から一歩外れ、日陰となる木の幹へと腰掛ける。幸村につられるように渋々といった様子でその後に続いた三成だが、腹の虫は素直なもので、今にも呻き声を発しそうな状態だ。
「時間が時間でしたのであまり準備は出来ず、握り飯しか持って来れませんでしたが。」
「いや、十分だ。気が利くな、すっかり失念していた。」
 そう言って、幸村が差し出す握り飯にむしゃりと齧り付いた。少々塩辛い気もするが、これからの旅路を思ってのことなのだろう。幸村の甲斐甲斐しさがくすぐったくも心地良い。

 広げられた握り飯を一つ残らず平らげながら、三成は久しぶりの満腹感を味わっていた。たかが握り飯のはずなのにうまいと感じるのは、幸村が隣りに居るからだろうか。そう思ってちらりと幸村に視線を送れば、彼も気付いたのだろうか、握り飯の包みを荷物にしまい込みながら、ふわりと三成の視線に応える。こんな他愛ない、当たり前のようなことが、つい昨日まではとても遠い存在だったのだ。しまりのない三成の顔は、所謂幸せを噛み締めているせいだ。
「三成どの、お腹は足りましたか?」
「ああ、うまかったぞ。幸村の飯は格別だ。」
「塩むすびなんぞ、誰が握っても大差ないでしょうに…。」
「そんなことはない、俺が今まで食べた握り飯の中でも、一番のうまさだった。」
「そんなに褒めても、もう握り飯はありませんからね。在庫切れです。」
 おかわりが欲しくて褒めたわけではないのだが、と内心呟くも、照れ隠しにはにかむ幸村が嬉しくて、三成は勘違いをあえて訂正しなかった。幸村は、ああ、でも、と頬に手を当てながら、思い出した風に言う。
「まだお腹が空いているのなら、一応、携帯食はありますよ。あまりおすすめはしませんが。」
「?どうしてだ?」
「あまり、と言うか、物凄く不味いんです。真田忍び直伝の秘薬ですから。」
 幸村がそれほど強調することは珍しい。世話にならぬように気をつけようと、心に誓う三成だった。

 腹を満たせば、三成はようやく辺りの景色を楽しむ余裕が生まれた。太陽の光がさんさんと降注いでいたが、日陰にいるせいか汗をかくほどの暑さを感じない。思い出したように時折流れる風には、草木のかおりがまじっている。その風もまた穏やかで、自然の優しさに直接触れているようなあたたかな気持ちになる。
「風が気持ち良いな。」
「はい。もう秋なんですね。全然気付きませんでした。」
「俺もお前も、季節を楽しむ余裕はなかったからな。」
 ついうっかりと、現実を呼び戻すような発言をしてしまった。三成はこの優しい夢に酔っていたいのに。しかし幸村は僅かに間を置いただけで、優しい夢の続きを紡いだ。
「秋と言えば、収穫の時期ですよね。お祭り、やっているといいですね。」
「南下していけば、一つぐらいは遭遇するだろう。」
「ふふ、楽しみです。」
 幸村が軽やかな声で笑う。久しぶりだ、と思う。この笑顔を守りたくて大切にしたくて、と、そう思っていたはずなのに。昨日までの己は何をしていたのだろう、と叱り飛ばしてやりたい。見飽きる程(いや、そんな日は一生やってこないだろう。誓って。) 幸村を笑顔にしてやろうと決意を新たに抱えて、そろそろ行くか?と立ち上がる三成だった。















  

09/01/11